「痛い場所=壊れている場所」ではない
指を切ったら痛い。ぶつけたら痛い。こうした急性の痛みは「体が壊れた信号」として分かりやすいものです。
しかし、何ヶ月・何年も続く慢性的な痛みは、この常識に当てはまらないことがあります。検査をしても異常が見つからない。組織は治っているのに痛みが消えない。昨日はなんともなかったのに、今日は同じ動きが激痛になる——。
慢性痛を抱えている方にとって、「痛い場所が悪いはずだ」という思い込みが、回復の大きな壁になることがあります。
痛みは「入力」ではなく「出力」
現代の疼痛科学は、従来の痛みの常識を大きく覆しています。
疼痛神経科学の研究から、痛みは組織から脳へ送られる「入力信号」ではなく、脳が「体に危険がある」と判断したときに生み出す「出力」であることが明らかになっています [1]。
つまり痛みは、体の損傷の「報告書」ではなく、脳が作り出す「保護のためのアラーム」。組織が実際に壊れているかどうかは、痛みの有無を必ずしも決定しません。脳が「危険だ」と判断すれば痛みが出るし、「安全だ」と判断すれば痛みは抑えられます。
戦場の兵士が重傷を負っても戦闘中は痛みを感じにくいのも、安全な状況に移ってから激しい痛みを感じるのも、この仕組みで説明できます。
痛みを決定する「神経ネットワーク」
脳の判断は、一箇所の脳領域ではなく、大脳皮質・辺縁系・脳幹にまたがる複数の領域が連携するネットワークで行われています。これを「ペインニューロマトリクス(痛みの神経行列)」と呼びます [2]。
このネットワークは、組織からの侵害受容信号だけでなく、過去の経験・記憶・感情・文脈・信念・社会的状況など、ありとあらゆる情報を統合して「痛みを出すかどうか」を判断しています。
同じ動作でも「この動きは危ない」と思っていると痛みが強くなる。MRIで異常が見つかった途端に痛みが増す。これはすべて、情報が脳の判断を変えることで痛みが変化する現象です。
慢性痛で特に問題なのは、このネットワークの感度が上がりすぎて、少しの刺激でも——あるいは刺激がなくても——痛みを生成する状態に陥ることです。いわば「痛みのOSにバグが発生している」状態です。
JINENの慢性痛へのアプローチ
JINENボディワークが慢性痛に対してまず行うのは、「痛い場所を治す」ことではなく、「脳の判断を書き換える」ことです。
① 神経系を安全モードに切り替える
脳が「危険」と判断している状態で体を動かしても、痛みのアラームは鳴り続けます。まず呼吸や環境設定で安心モードを確立します。
② 痛みの仕組みを理解する
痛みのメカニズムを正確に理解すること自体が、痛みを減少させることが示されています [1]。「痛い=壊れている」という誤解を解くだけで、脳の判断が変わり始めることがあります。
③ 安全な動きの経験を重ねる
小さく安全な動きを繰り返し成功させることで、脳に「この動きは安全だ」という新しい判断材料を提供します。少しずつ「安全な経験」を積み重ねることが、慢性痛のOSを書き換えていきます。
慢性痛の問題は「体」ではなく「体のOS」にある。 だから、OSそのものを書き換えるアプローチが必要です。
参考文献
1. Moseley, G. L. & Butler, D. S. (2015). Fifteen years of Explaining Pain: The past, present, and future. The Journal of Pain, 16(9), 807–813. DOI
2. Moseley, G. L. (2003). A pain neuromatrix approach to patients with chronic pain. Manual Therapy, 8(3), 130–140. DOI00051-1)