心理系

小池靖『セラピー文化の社会学―ネットワークビジネス・自己啓発・トラウマ』の要約・感想

2019年4月28日

流行の内容は変われど、日本でも自己啓発の文化は根付いており、特にビジネスの世界では意識的・無意識的に自己啓発的な自己投資を行う人は少なくない。

『セラピー文化の社会学』では、「セラピー文化」について社会学の視点から論じられている

セラピー文化とは、

  • 学校や企業で行われるカウンセリング
  • アルコール依存から脱却するワークショップ
  • コミュニケーション能力等を学ぶワークショップやトレーニング
  • 自己啓発セミナー

などの、現代社会の一部を形作っている精神文化のことである。

これらのようなセラピー文化は、管理のツールであるだけでなく、既存の権力関係を変革していくものとして、著者は捉えている。

この記事は『セラピー文化の社会学』から学んだことを文章として残そうと思ったが、私が十分な知識を持たない領域であったため、一貫した文章とすることができなかった。今読んでいる方は、「ふーん、こんなことが書かれてるんだ」と思うくらいにとどめ、詳しくは本を読んでみて欲しい。

心理主義とは

現代社会では、心理学的価値観が「ごく自然なものとして」広まっており、心理学的実践は共同体の機能の一部を代替するようにすらなってきている。つまり、私たちの生活の中に影響を与え、私たちの行動や意思決定にも強く影響を及ぼしているのだ。

これは「心理主義」と言われるもので、前回紹介した『心理学化する社会』でも取り上げられていたテーマであった。

この本では、心理主義という思想的な概念に留まらず、サイコセラピー的な文化を相対として捉えているため、「セラピー文化」という概念が使われている。

重要なのは、セラピー文化が持つ下記のような人間像だ。

心理主義的なセラピー文化における理想的な人間像とは何だろうか。それをあえて述べれば、「肯定的な人生観をもち、自分のことが好きであるが故に他者も愛することができ、何でも包み隠さずオープンに話して、他者と調和的なコミュニケーションを取れる人物」ということになるだろう。

社会的に評価されている人や、身の回りでビジネス面で成功している人を見ると、このような人が多いし、このような人が評価されがちだと私は実感している。私自身、このような人間像を理想としている面もある。

すでに、私がセラピー文化の影響を受けており、それを自らの価値観として一部内面化していると言えるのかもしれない。

確かに、このような人間は社会的に成功しやすいであろうし、個人レベルで上記の価値観を内面化することには、特に問題ないように思える。しかし、社会全体として見ると、それでは問題点も出てくるのだ。

セラピー文化の先行研究

著者は、セラピー文化を巡る先行研究について、下記のように整理している。

  • 心理学的人間の出現(フィリップ・リーフ)
    自己の内面(心理)を振り返ることで、自分の中に新しい倫理を築こうとする倫理観を持つ人間が出現している。つまり、心理学をよりどころにした人間の登場。
  • 心理主義化する社会の出現(ロバート・N・ベラー)
    アメリカにおける、功利的個人主義の台頭と、それによる「経営管理者的、セラピスト的な言語で自分の人生を理解しようとしている」人々の登場。
  • 心理主義批判(森真一)
    心理学的手法が蔓延することで、人は内面をマニュアル的に捕らえるようになり、自分で自分をコントロールできると錯覚するようになる。実際には、社会によって画一的に管理されていく。
  • セラピー文化の消費社会との親和性の高さ(山之内靖)
    セラピー文化は「外部からのライフスタイルの提案を易々と受け入れる態度を養成」する。また、消費社会でのつかの間の満足感を得ることや、心の商品化マーケットを創り出す。

これらの先行研究の整理を見ると、セラピー文化が確かに現代社会に蔓延していること、そしてそれは私たちの価値観、思考、行動にも影響していること、それが社会による管理や消費社会の拡大にも繋がる可能性があることが分かる。

この本においては、セラピー文化が現代日本でどのような形で表出しているのか、

  • ネットワークビジネス
  • 自己啓発セミナー
  • トラウマ・サバイバー運動

を事例に研究されている。

ポップ心理学とアカデミック心理学

「ネットワークビジネス」「自己啓発セミナー」「トラウマ・サバイバー運動」と聞くと、何となくすべてが人の心理面に影響を与える実践であることは分かるが、何が共通しているのかよく分からないかもしれない。

しかし、実はこれらの背景には「ポップ心理学」という共通するベースがある。

ポップ心理学とは、心理学的な知識や実践を活用して、より前向きに、積極的に、幸福を目指して生きていくことを説く、心理学のことである。それを対局にあるのが、精神に何らかの異常を抱える人を正常にするためのアカデミック心理学である。

ポップ心理学の代表例は「自己啓発」「ポジティブシンキング」など。

ポップ心理学の特徴は、下記のような価値観を持っていることである。

(前略)何らかの仕方で認知のゆがみを矯正することによって、病気が治ったり、人生をより良く生きようとしたりする態度は、積極思考本についてだけでなく、のちに見る自己啓発セミナー、トラウマ系セラピーにおいても共通している態度である。

セラピー文化の問題点

「ネットワークビジネス」「自己啓発セミナー」「トラウマ・サバイバー運動」のそれぞれの事例についての研究は、実際に本を読んで欲しいが、これらのセラピー文化にある問題点について整理する。

まず、これらのセラピー文化には、社会のイニシエーション(通貨儀式)としての役割がある。特に現代日本において、特定の宗教を信仰する人間は少ないが、一方で人間にはイニシエーション(通過儀礼)が必要であると言われることは多い。

セラピー文化はイニシエーションではあるが、近代以前のイニシエーションとは異なる。

なぜなら、近代以前のイニシエーションは、イニシエーションを通じて個人をその社会の中に着地させることが目的であった(たとえば世界中にある成人式のような儀式)。しかし、セラピー文化である3つの事例におけるイニシエーションは、イニシエーションを通じて社会に着地することが難しい。

なぜなら、セラピー文化が持つ価値観が、社会で常識とする価値観と同一ではないからだ。簡単に考えても、自己啓発セミナーを受けて人格が変わった人が会社に来ても、そこでなじみ、成功していくことは難しく思える。

また、問題を自らの心理面に求めることで、社会的な課題として解決する意識が薄れるという問題点もある。

まとめ

この本からは、現代社会にセラピー文化が蔓延しており、自己啓発セミナーなトラウマ・サバイバー運動など、身近にもその実践が多数存在すること、そしてそれらの実践には、問題点もあることが分かった。

特に、このような実践がどのような歴史を経て形成されてきたのか、その根源がアメリカで生まれたポップ心理学にあること、さらにその背景には、アメリカ的な価値観があることが分かったことが収穫だった。

取り上げられている3つの実践と、日常的に関わっている人は少ないかもしれないが、セラピー文化自体は、現代社会に浸透している価値観であると思う。だとしたら、その価値観を相対化し、自分の判断や行動にどのように影響を与えているのか考えて見ることは、現代人に必要なことではないかと思う。

専門的なテーマではあるが、ロジカルで分かりやすく書かれているため、とても読みやすかった。

ぜひ詳しくは本を手に取って読んでみてほしい。

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