■心を整える

斎藤環『心理学化する社会』の要約・感想

2019年4月25日

斎藤環の『心理学化する社会』を読んだ。

この本は、心理学的な言葉や捉え方が、社会の様々なところに影響を及ぼしていく近年の動向について、精神分析の専門家の立場から論じたものである。

たとえば、映画の中に登場する悪人(ハンニバルのレクター博士)の悪人になった理由を、過去のトラウマに結びつけてしまうのは、トラウマという心理学的な概念が、必要以上に広まり映画産業の中に影響を及ぼしてしまったためである、と著者は考えている。

影響がエンタメ産業だけに限るのならまだ良いが、社会の心理学化によって、大衆の心理にも影響が出ているとしたら、それは問題である。

著者は、主にサブカルチャーと精神医療の領域における「心理学化」について論じている。

トラウマブーム

この本が書かれたのは2003年であり、2019年現在から16年も経過している。よって、当時の心理学化の流れは、現代社会のそれとは多少異なる部分はある。

とは言え、現代でも残る風潮でもあるし、むしろブームが去った現在では、当時より当たり前のものとして受け入れられている現状すらあるかもしれない。

著者は、まず当時の「トラウマブーム」を小説や映画、音楽の中に見出している。『永遠の仔』『白夜行』などのヒット小説や尾崎豊や宇多田ヒカルなどのヒット曲、映画『ハンニバル』などだ。

これらのヒット作品について、著者はこう言う。

多くの人々が「トラウマ語り」に魅了され、それを語ることでそこから癒やされたがっているという状況がなければ、あれほどのヒットにはつながり得なかったはずだ。

トラウマを語りたい、癒やされたいという思いを持つ人が多かったからこそ、このような作品がブームになったのだと言う。

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精神医学における心理学化

精神医学でも心理学化の流れはある。

そもそも、精神医学と心理学は異なるものだ。また、似た概念である精神分析も、区別が必要である。

  • 精神医学・・・精神障害を診断し、治療するための学問。
  • 心理学・・・正常な心のありようを知るための学問。
  • 精神分析・・・心の分析のための技法で、患者の理解と治療が同時に進行するような技術体系。

また、心理学化について著者は以下のように定義している。

「心という存在」を実体化しつつ操作しようという傾向をさすと考えてほしい。

「トラウマ」「PTSD」「アダルトチルドレン」といった心理学的概念がさまざまな精神病や心的症状の説明の利用されることは、問題の本当の原因を覆い隠すことになり得る。

また「心の時代」が言われすぎることは、さまざまに複雑な社会的問題を、すべて個人の内面的問題にすり替えてしまいかねない。それは結果的に、現実に存在する社会問題について考えたり行動したりするきかっけを奪ってしまう。そもそも「心」に専門家やエキスパートはあり得ない。アメリカ流の個人主義に追随した結果として、日常から「あたりまえの人間関係」が消失し、かわって「関係性の商品化」が起こっている。

著者が指摘する上記の点については、非常に重要だと思った。

著者は、心理学化の問題点として、

  • すべてを個人の内的問題にしてしまう
  • カウンセリングという形の「管理」を生み出す
  • 誰もが抱えている心の悩みを、過度に問題化する

といったことを上げている。

もちろん、心理学化によって心理学的知識を持つ人が非常に増え、自らの心の状態の把握や対処ができる人が増える、という良い点もある。しかし、その裏で起こりうる問題について、指摘する声は少ない。

それどころか、一般社会では、心理学化という社会の流れすら指摘されることは少ない。

上記の指摘点には納得がいくし、指摘する人は社会に必要だと感じた。

後に、心理学化のブームの後には脳ブームが起こり、すべてを脳の機能によって説明しようとする流行も生まれた。人間の行動をすべて脳の働きから説明しようとする傾向である。

この傾向には、私も違和感を感じていたものの、明確に論じている文章には出会わなかった。この点についてさらに指摘された本があれば読みたい。

心の視覚化

さらに、心理学化には「心をモジュールのように把握しようとする」「心を視覚的に見えるものとして把握しようとする」という流れもある。

つまりは、心をあたかも物理的に把握しコントロールできるものと考えるかのような傾向である。

このような傾向は、心を明快に、単純に、高速に「分かる」ように、という理想と結びつく。その結果自己認識の在り方も変わった。

僕たちは性急に自己イメージの獲得を求め、ついにはイメージをめぐって新たな葛藤を作り出した。この手の葛藤の性急な解消を求める行為が「じぶん探し」であり、葛藤のおおもとを性急に放下しようとすれば「癒やし」願望になる。

まとめ

この本で書かれている内容は、多少現代の流れと異なる部分はあるものの、現代社会を理解する上での一つの視点になると思う。

ただ、内容は入り組んでいて理解しがたい部分も少なくなかった。

現代社会においては、心理学化や脳ブームといった流れはどのような状況になっているのか、これから読んで学びたいと思った。

ところで、この記事を書いている時に『22年目の告白〜私が犯人です〜』という映画を観ていた。そこでも犯人は、過去のトラウマから人格がゆがみ、そのせいで凶悪犯罪を起こすサイコパスになったというストーリーであった。

今でも、フィクションのストーリーにトラウマが利用されることは少なくないのだ。

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