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岩井克人『会社はこれからどうなるのか』の要約・感想(前半)

2021年4月24日

岩井克人『会社はこれからどうなるのか』を読んだ。

この本の単行本版が書かれたのは2003年2月と今から16年も前で、現在の直近の経済まで抑えられた内容ではない。しかし、会社の構造についてや、大まかな現代に繋がる「会社」の在り方の流れについて押さえる上では、良い本であると思った。

また、会社という存在を取り巻く法律上の関係を読み解くことで、資本主義や日本経済といったより大きなテーマについても、納得のいく説明がされている。

何より「会社とは何か」という本質論、構造論レベルのテキストとして、分かりやすいもので、こういった分野の勉強から離れていた自分にとって、学び直しに最適だった。

会社とは何か

近代社会では、ヒトが所有の主体(所有する側)、モノは所有の客体(所有される側)として区別される。近代以前はヒトがヒトを所有する形態である奴隷制もあったわけだが、近代ではヒトによるヒトの支配は認められていない。ヒトがモノを支配する所有権を持つのが、近代社会の特徴。

しかし、「法人」という存在はこの関係を複雑にする。

ここで、まずは企業と法人という概念を区別する必要がある。

企業とは

企業とは「利潤の追求を目的とした経済組織」のことである。ヒト(オーナー)がモノ(会社の資産)を所有するという近代的な所有関係をそのまま使っている。

法人とは

一方で、法人の場合、会社の資産はヒト(オーナー)が所有するのではない。法人の場合は、法人としてのヒトが、会社資産を所有する。

法人とは法律上「ヒト」として扱われるということであり、法人はヒト(オーナー)から所有される存在でありながら、法律上のヒトとしてモノ(会社の資産)を所有するという不思議な存在である。

さらに、契約関係においても企業との違いがある。古典的な企業の場合、個人や企業と契約を結ぶ場合、ヒトであるオーナーが契約する必要がある。しかし、法人の場合は法人がヒトとして取引先と取引の契約を結び、従業員と雇用契約を結び、銀行と賃借契約を結ぶ。

オーナー(株主)は法人の何を所有しているのか?

では、法人を支配するヒトであるオーナー(株主)は、一体法人の何を所有しているのか?会社の製品や従業員などは、法人として会社が所有しているのだから、オーナーが所有しているわけではない。オーナーが所有しているのは「株式」にほかならない。

では、株式とは何か。それは「そのモノをどのように使うか決める権利(株主総会における議決権)」と「そのモノが生み出す新たなモノも自分の所有物とする権利(配当の請求権)」である。

まとめると、法人は会社資産をヒトとして支配し、オーナーからモノとして支配されるという二重の支配関係にある存在なのだ。

法人が必要とされる理由

なぜこのような不思議な存在が求められたのか。

それは、契約関係を簡素化するためである。

たとえば、古典的企業(たとえば八百屋などの個人事業主)の場合、取引先と契約するためにはオーナー個人が契約する。しかし、オーナーが死亡しオーナーの配偶者がオーナーになる場合、再び取引先と契約を結び直さなければならない。契約は企業とではなく、オーナー個人と結ばれていたからだ。

さらに、出資者が10人、100人もいるような企業になると、契約は10人、100人のそれぞれが個別で結ばなければならなくなる。これは膨大な手間だ。

そこで法人という架空のヒトを創り出す。契約はすべてこのヒト(法人)と個人・企業の間で結ばれるため、オーナーが変わったり増えたりしても、新たに契約を結び直す必要はない。オーナーは株式の保有という形で、法人に対して所有権を持っているだけである。

これを言い換えると、株式会社が「有限責任制」であることも分かる。

有限責任制とは、簡単に言えば、会社が倒産した時に株主が負う責任が有限で、会社の負債を株主が負う必要がないという仕組みのことである。法人の場合、繰り返しになるが契約は法人がヒトとして結んでいるため、倒産して負債が発生しても、その責任は法人にあり、株主にはないことになる。

経営者という存在について

次に、経営者という存在についても解説される。

企業と法人の違いは、経営者という存在にも影響する。

  • 企業の経営者・・・オーナーが個人の責任で任命する委任契約によって存在
  • 会社(法人)の経営者・・・法律によって定められている新任受託者

企業の経営者は、オーナーが自分の代理で経営して欲しいために、委任して契約するもの。経営者はあくまでオーナーの代理なので、存在しなくても良い。

これに対して会社(法人)の経営者は、観念的な存在である法人を、生きたヒトとして機能させるために存在する。法人はあくまで法律上のヒトであり実態はないため、実際の経営や契約の締結をするにはヒト(人間)がいなければならない。そのために存在するのが、経営者なのである。

もう少し詳しく解説する。

経営者は信任受託者

信任とは契約とは異質の概念で、他人から信頼によって仕事を任せられていることを指す。

病気の患者と医者の場合、症状や医療行為に関する圧倒的な情報格差があるため、患者は医者との契約を対等な立場で結べない。そのため、患者は医者に信頼によって仕事を任せる。

同じように、会社の経営者は様々な関係者と契約を結ぶ上で、信任がなければ契約が結べない。したがって、経営者も信任受託者なのである。

倫理を考えないアメリカのコーポレートガバナンス

コーポレートガバナンスとは一般的に、経営者の仕事をいかにしてコントロールするのか、という概念ですが、これも古典的な経営者と株式会社の経営社によって、それぞれ考え方が違う。

  • 古典的な経営者・・・オーナーが経営者の仕事をコントロールできるため、国家が介入する余地はない
  • 株式会社の経営者・・・オーナーの代理人ではなく、信任受託者であり、信頼によって仕事を任せられている。経営者を都合良くコントロールすることができない。

株式会社の経営者は信任受託者であることから、経営者には「倫理」が求められる。なぜなら、倫理を持たない経営者は自分の利益のために権利を濫用しかねないからだ。

そこでアメリカで考え出されたコーポレートガバナンスは、経営者にストックオプションを与え、株主と利害関係を一致させ、経営者が利己的に行動して自分の利益を最大化しようとすると、株主の利益にもなるようにした。

このコーポレートガバナンスの考え方は、経営者の利己的な行動を認めるものであり、倫理から解放するものであった。

アメリカ型のコーポレートガバナンスの破綻

経営者にストックオプションを与えることで、アメリカの経営者の報酬は棒代になりアメリカの資本主義は繁栄した。しかし、それも破綻する。破綻の代表例がエンロン事件(2001年12月)であった。

エンロン事件では、アメリカ型のコーポレートガバナンスが徹底されていたにもかかわらず、倫理を持たない経営者の行動によって巨大企業が倒産させられた。

つまり、アメリカ型のコーポレートガバナンスにも問題があった。

アメリカ型コーポレートガバナンスの問題

アメリカ型コーポレートガバナンスは、古典的な企業と株式会社を同一視していた。

株式会社の場合、会社はどんな契約も経営者を通してしか結ぶことができないため、会社と経営者の間の契約は経営者の自己契約になる。そのため、経営者はいくらでも権利を濫用できる。

したがって、経営者の行動は法律によって倫理的に縛らなければならない。

著者は繰り返す。

経営者の会社にたいする忠実義務と注意義務こそ、すべてのコーポレートガバナンス制度の中核であるべきなのです。

経営者の行動を倫理的に縛るためには

では、コーポレートガバナンスはどのように行えば、経営者を倫理的に行動させられるのか。

その手段には、以下の2つがある。

  1. 株主代表訴訟を通じた、株主による経営者のチェック
  2. 取締役会と監査役による、経営者の行動の監視
  3. 株式市場、メインバンク、従業員、官庁

しかし日本では、特に②については、取締役会や監査役は経営者に事実上の人事権がある実態があるため、その機能を果たすことができていない。

また、③についても、それぞれうまく機能していない現状がある。それぞれ別個の独立した組織であるため、経営者の行動をうまくコントロールできていたか、というと疑問がある。

コーポレートガバナンスの方法は、時代や環境に応じて柔軟に創り出していくしかない。

だが、それは同時に、私的利益の津級を前提とするこの資本主義経済のまっただなかに、経営者の倫理性という、それとまさに矛盾する原理を導入せざるをえなくなってしまったのです。

法人名目説と法人実在説

法人とはヒトでありモノである不思議な存在なのだが、この法人についてどのように扱ったら良いのか、昔から論争がある。それが「法人名目説」と「法人実在説」だ。

  • 法人名目説・・・法人とは、人間の集まりに対して名目上与えられる、ただの名前に過ぎない。個人から独立したヒトとしての法人など存在しない(唯名論)。
  • 法人実在説・・・法人とは、それ自体が社会的な実体であり、ヒトのように意思と目的を持って行動している(実念論)。

これはどちらも正解でどちらも間違い。

法人がモノとしてヒト(オーナー)か所有されている、という関係を見れば法人は単なるモノで、名前上の存在にすぎない(法人名目説)として捉えられるし、法人がヒトとして会社資産を支配する存在で、意思と目的を持って行動する、という部分を見れば、法人実在説的に捉えられる。

別の言い方をすれば、法人は支配されていてもヒトとしての性質を持っており、支配していてもモノとしての性質を持っているため、ヒトとしてもモノとしても不純であるとも言える。これについて、著者は以下のように説明している。

会社という制度のなかに、会社という法人を純粋にモノにする仕組みと、会社という法人を純粋にヒトにする仕組みが、ともに仕込まれていることを示していくつもりです。

そして、それぞれに仕組みについてまとめると、以下のようになる。

  • 会社を純粋にモノにする仕組み・・・特定の個人やグループが50%以上の株を取得し、支配株主になると、会社はヒト(株主)によって完全にコントロールされるため、純粋なモノになる。
  • 会社を純粋にヒトにする仕組み・・・自分の会社の株を50%以上所有すると、会社は自分で自分を支配することができ、何者からも支配されない。つまり純粋なヒトになる。

もう少し詳しく説明する。

純粋なモノとして存在する会社

歴史を見ると、法人名目説的な会社として法人ははじまったが、19世紀末に入って重化学工業化が進み、個人ではひとつの会社の資本を支配できなくなり、株式市場を通じて株を売り買いするようになり、無数の株主が会社を支配するようになった。そのため、個人が会社をコントロールすることは難しくなった。つまり、法人名目説的な会社は存在しにくくなった。

しかし、20世紀の後半に入ると、M&Aが盛んになり、会社によって会社が乗っ取られるようになり、乗っ取られた会社は、乗っ取った会社からコントロールされるようになる。つまり、再び法人名目説的な会社が登場するようになった。

純粋なヒトとして存在する会社

一方で、純粋なヒトとして存在する仕組みもある。

ある会社の50%以上の株式を支配する会社は、その会社をコントロールすることができる。さらに、その支配された会社も別の会社の株式を50%以上持つと、その会社を所有できる。これを続けると、ピラミッド型の支配構造ができあがる。そのトップが持ち株会社である。

日本には、過去に「財閥」という形で、この構造が実際に存在した。

ヒトである会社が他の会社をモノとして所有できるのだから、自分で自分を所有することもできる。自社の株を50%以上所有すれば、何者からも支配されない。

とは言え、これは、

  • 自社株の所有の禁止
  • 金庫株(株主総会で議決に参加できない)

などの仕組みで禁止されている国が多い。

また、トップの持ち株会社も、財閥一族のようなヒトから支配されており、純粋にヒトとして独立した存在とは言えない。

株式の持ち合いによる会社のヒト化

しかし、日本では株式持ち合いによって、他社からの支配を免れる仕組みが使われていた。

A社がB社の株の50%、B社がA社の株の50%以上を支配すると、互いに互いの株主総会を支配できる。関係が変わらない限り、この二社は外部からの支配から免れるため、会社がヒトになる。

これは、実際には二社間では実現できない(二社の関係が親子関係になり「子会社は親会社の株式を保有できない」という法律に違反する)。

しかし、会社がグループを作り、互いに5%ずつ株式を所有する、というより複雑な関係を作ることで、同じ構造が実現できる。これが株式持ち合いである。戦後日本にはこれが「三井」「三菱」「住友」などの企業グループとして実際に存在し、それが戦後日本の資本主義を担っていた。

つまり、戦後日本は法人実在説的な世界であった。

まとめると、以下のようになる。

アメリカやイギリスの資本主義とは、活発な会社買収活動を通じて、法人名目説を現実化している資本主義であり、日本の資本主義とは、株式の持ち合いを通じて、すくなくとも戦後の五十年刊、法人実在説を現実化してきたことをも明らかにしてきたはずです。

日本のサラリーマンの特殊性

サラリーマンとはどのような存在なのか?

古典的な経済学の考え方では、単なる労働の供給者で会社の外部の存在だが、日本のサラリーマンの実像は異なる。しかし、もちろん会社の所有者でもない。

先ほど、経営者とは会社(法人)が実際に活動するためのヒトのことであると説明したが、これを専門的な言葉で言うと「代表機関」となる。日本の場合は、単なる平社員にもこの代表機関としての意識が、部分的に及んでいるのが特徴。つまり、経営者と平社員に明確な線引きがない。

よく「社長のように考えろ」と体育会系的な会社で言われることがあるが、これはまさにそれを表している。そこまで明確ではなくても、やはり経営者的に考える姿勢を身につけている平社員は少なくないのが、日本の会社の実像だろう。

なぜ、日本のサラリーマンは経営者的に考えることを良しとするのか?

それは、日本のサラリーマンは「組織特殊的な人的資産」に投資しているからだ、というのが著者の答えだ。

組織特殊的な人的資産とは

経済学では「人的資本」という概念がありますが、これは労働者が身につけ蓄積する、スキルや知識などのことである。これはもちろん、会社が所有するようなその他の資本と異なり、そのヒト個人から切り離すことができない資本である。

つまり、自分から切り離して売り買いすることができない、そのために人的資本単独では価値がなく、何らかの労働行為を通じてしか、価値がないものである。

そして、人的資産について以下の2つの種類がある。

  • 汎用的な人的資産・・・どのような組織でも通用する知識や能力
  • 組織特殊的な人的資産・・・特定の組織の中でしか価値を生まない知識や能力

組織特殊的な人的資産とは、具体的には、特定の道具、ツールに関する慣れやカン、熟練、取引先の詳細な情報、社内の人間関係の情報などなど。

日本のサラリーマンは組織特殊的な人的資産に投資する

重要なのは、日本のサラリーマンは組織特殊的な人的資産に投資する傾向にある、ということだ。

組織特殊的な人的資産は、その組織から離れると価値を持たない。そのため、その組織ありきの資産である。著者は以下のように言う。

組織特殊的な人的資産の場合は、たんに他のヒトのモノにならないだけでなく、それを体化している本人のモノにすらならない、本当に奇妙な資産なのです。

日本のサラリーマンが、経営者的に働く姿勢を持つこと、会社の外部の存在ではなく内部の存在であるかのように自らを位置付ける理由は、ここにある。

組織特殊的な人的資産を蓄積すればするほど、その組織から離れて価値を生み出すことができなくなる。そのため、その組織から離れがたくなっていく。その組織と運命を共にするようになる。

その結果、自分を会社の内部の人間であると考えるようになる。

これを日本のサラリーマンの特徴としてまとめると、以下のようになる。

法人実在説的な会社とは、それ自体ヒトとして、だれのモノでもない組織特殊的な人的資産の「事実上」の所有者としての役割をはたしているのです。

日本のサラリーマンが組織特殊的な人的資産を蓄積する理由

しかし、組織特殊的な人的資産を蓄積すると、そのサラリーマンは組織に縛られ離れにくくなるため、立場が弱くなってしまう。しかも、会社がサラリーマンを家族のように大事にしてくれるとしても、会社の乗っ取り屋がその会社の株を支配してしまえば、サラリーマンは簡単に首を切られたり、福利厚生を大幅カットされてしまう。

なぜ、日本のサラリーマンはそんなリスクを負ってまで、組織特殊的な人的資産を蓄積してきたのか。

その理由は、日本の会社が株式の持ち合いという形で、純粋なヒトとして、つまり外部から支配・コントロールされない仕組みを持ってきたからであった。

多くの日本企業は、戦後株式の持ち合いで外部から支配されるリスクから免れてきたため、安定した環境にあり、従業員は「死ぬまでこの会社で働こう」という思いを持つようになり、その結果組織特殊的な人的資産を蓄積するようになった。

それによって、会社になんの所有権ももっていない労働者や技術者や経営者が近代の産業技術の運営に不可欠な組織特殊的な人的資産を自由に育成し拡大することを可能にしたのです。

サラリーマンは、その組織が存続しなければ自らの組織特殊的な人的資産を活かすことができないため、会社を存続させるために必死になる。そして、会社人間になっていくのである。

前半まとめ

『会社はこれからどうなるのか』の前半をまとめてみた。議論が発展していくため、内容は豊富で簡単にはまとめがたいが、平易な文章で書かれているため、基礎知識がなくとも学びやすい内容であると思う。

会社の存在や歴史、日本型サラリーマンや会社の特徴や、日本型になってきた理由について、詳しく学ぶことができる。

前半をまとめると、以下のような内容であった。

  • 古典的企業・・・ヒト(オーナー)が企業を支配する
  • 法人・・・ヒト(オーナー)が株式を持つことで会社を支配し、会社は法人(ヒト)として会社資産を所有する
  • 法人が必要とされる理由・・・契約関係の簡素化のため
  • 法人名目説的な会社・・・会社は単なる名前にすぎない
  • 法人実在説的な会社・・・会社は独立した存在
  • 会社を純粋なモノにする仕組み・・・会社の乗っ取り
  • 会社を純粋なヒトにする仕組み・・・株式持ち合いによる乗っ取りの防衛
  • 日本のサラリーマンの特徴・・・組織特殊的な人的資産を蓄積する
  • 組織特殊的な人的資産を蓄積する理由・・・株式持ち合いによって会社が長期にわたって支配されない安定した環境で、従業員は会社が存続するほど自分の価値を発揮できるため、組織特殊的な人的資産を蓄積する

続きは後半でまとめる。

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