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是枝裕和『雲は答えなかった』の要約・感想

2021年4月26日

是枝裕和といえば、「万引き家族」「そして父になる」などの名作で知られる日本を代表する映画監督だが、このようなノンフィクションの著作があることは知らなかった。

著者は、若手の頃ノンフィクション番組をつくる中で、この本で取り上げている自ら命を絶ったある官僚の存在を知り、それを取材して番組を作り、それをもとにこの本を作ったそうだ。

『雲は答えなかった』の内容・要約

この本は、山内豊徳という高級官僚の死をめぐるものだ。

山内は、厚生労働省に入省し、次期事務次官候補とも思われるくらい優秀だったものの、環境庁に自ら希望して配属され、それから日本の公害問題に取り組んでいった官僚である。

環境庁は日本の環境問題を政策課題とする組織だが、特に山内が関わったのが、水俣病の訴訟であった。水俣病の訴訟について、政府はできるだけ責任を負いたくないという立場であったが、司法は和解勧告をする。それに対し、環境庁は対立する立場をとり、水俣病患者たちを切り捨てるような決断をしていく。

その決断を最終的に行ったのが環境庁であり、その時、この問題のトップにいたのが山内であった。

この背景だけを知ると、山内は水俣病患者の救済を否定し、政府の患者切り捨ての立場を代表する悪人に見える。

しかし、山内はそんな単純な人間ではなかった。それが、著者の取材からも明らかになっていく。

山内は、学生時代から文学に傾倒し、自ら詩や小説を書く文学青年だった。

官僚になってからも、詩作や物書きを好み、自然を愛する優しい人間だった。

そして、官僚としても出世コースを外れて生活保護の現場に近い立場で熱心に働くなど、行政の力で弱者を助けようとする人間だったことが分かる。

しかし、官僚としては弱者救済一辺倒では生きられない。

環境庁は利権を持たず、経済界からも政府内からも批判される立場で、権力が小さい。そのため、水俣病をめぐる訴訟の中でも、できるだけ水俣病患者救済の負担を追いたくない政府の力に屈し、和解勧告に従わない立場を取ったのである。そして、水俣病患者や世論の批判の矢面に立ったのが、責任者である山内だった。

山内は、本心では弱者を救いたいと思いつつ、官僚としては現実主義を優先せざるを得なかった。

さまざまな圧力の中で、自分の生き方を貫徹できず、当時の環境庁長官の水俣視察のタイミングで自ら命を絶ってしまったのであった。

『雲は答えなかった』の感想

官僚という存在は、現在では社会で批判されることが多い。

また、行政府自体が常に「非効率である」「無駄である」「無能である」という批判の対象になり続けている。そういう印象を、近年の報道を見ていると強く感じる。

しかし、官僚は無能でも不必要でも、利権目当ての人間だけがいるわけでもない。

彼らほど優秀な人間なら、民間ならもっと力を手にできる。あえて官僚という仕事を選び、続けているのは、そこに何らかの信念があるからではないか。少なくとも、山内のように優秀な能力と人間性を併せ持つ人間がいることは確かである。

しかし、さまざまな圧力を調整し、時には弱者に厳しい決断をせざるを得ない業務は、官僚一人ひとりに過剰な負担を強いることも確かなのだろう。

この本を読むことで、官僚の中にも優れた、人間性豊かな人間がいるという希望を持てるが、同時にそのような人間は極めて生きづらい世界なのだろうとも思った。

この本では、山内が残した詩や散文を通して、彼の苦悩が浮き彫りにされている。人間の生き方は理想を持つほど難しく、割り切れないものになっていく。そういうことを強く感じる著作だった。

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