社会が抱える問題

諸富徹『資本主義の新しい形』の要約・感想

2021年4月4日

要約

『資本主義の新しい形』は経済学者の、日本企業の長期停滞はなぜ解決されないままなのか、という問題意識にこたえる本である。その原因と対策を、さまざまな経済学的研究を用いて明らかにしている。

そもそも、資本主義社会は物質中心のそれから非物質的な側面が大きくなる「非物質化」が進んでいる。非物質化した資本主義とは、企業の資産のうちの無形資産(システム、ブランド、研究開発能力、人的資本、デジタル)といった部門の割合が大きくなった資本主義のことで、現代の高収益企業(GAFAなど)の多くは、無形資産によって稼いでいる。

また、事業構造としては、ものつくり中心ではなく、ユーザーと長期的な関係を構築しつつニーズを掬いあげて問題解決を行うこと、物質的な「製品」の提供による売り上げではなく、課題解決、体験価値の提供といった、サービスによる売り上げにシフトしている。

日本企業は、こうした非物質的な転回についていけず、いまだに無形資産への投資が少なく、また「物づくり」にこだわっているため、アメリカやアジアの多くの企業に追い越されてきた。

そこで日本に必要なのが、企業が無形資産に投資すること、特に非物質的な価値を生み出すイノベーションを起こすことができるように、人的資本に積極的に投資することだが、日本企業は人的資本への投資に消極的な現状がある。

また、もう1つの問題として脱炭素社会への転回にもついていけていない現状もある。多くの先進国は脱炭素を新しい流れとして捉えて移行し、しかも脱炭素への移行によって高い成長も達成している。日本企業はむしろ、脱炭素への移行に逆行するような経営すらしているため、この点でも転回が必要である。

よって、日本企業に必要なのは、人的資本を中心とした無形資産への投資に積極的になり、「もの作り」中心から脱却して、課題解決・体験価値の提供を重視した新たな高収益事業を創出し、また脱炭素へも舵を切っていくことである。

企業主導でこのような動きは難しいと思われるため、政府による積極的な政策が必要である。それは、従来の「福祉国家」とも(もちろん新自由主義とも)異なる政策であり、著者は社会投資国家と定義する。

具体的には、同一労働同一賃金を産業、性別、年齢に関係なく適応することで、低収益産業に産業構造の転換圧力をかける。また、環境税によっても低収益産業に転換圧力をかける。これらによって、産業構造が高度化し高収益産業への転換を促す。

一方、こうした産業構造の転換は失業者を生み出す。そこで、失業者に対して手厚い手当や職業訓練を提供し、人的資本投資を政府が行う。こうして、失業者に能力を身に付けさせたうえで、新たな高収益産業への転職を促すことで、産業の新陳代謝が活発化される。

こうして長期的には高収益・脱炭素・非物質化への対応が同時に進行される。

また、人的資本投資は格差是正にもつながるため、この一貫した政策でさまざまな社会課題が解決される。

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感想

現代の日本経済の分析から、その課題の解決手段まで明らかにされていてとても興味深く読んだが、いろいろと疑問も出てきた。

■資本主義の非物質化、無形資産投資による産業構造の転換によって産業が復活できるとしても、それによって格差是正、貧困の解決などの社会課題まで解決できるのか?

現在、資本を持っている人がより資産を増やしていくという格差にあり、その構造は結局、非物質化した社会でも変わらないのではないか。人的資本投資によって、教育機会を拡大したとしても、結局、構造自体は温存されるのではないかと思う。特に、機械工業的な産業からデジタル中心の産業になっていけば、必要とされる従業員の数は減らされていき、極論、一部のエリート社員・役員とそれ以外の単純労働者による会社(もしくは無形資産に特化し、エリートしかいない高収益企業)が生まれ、格差が拡大するのではないか。これを是正するためには、政府がより積極的な役割を果たしていかなければならないように思う。

■新しい資本主義社会に対応する人的資本投資を推進していくことは、成長に寄与しない人を阻害する社会や価値観を生み出すことに繋がらないか?

■この著作で指摘されているような社会投資国家を実現するためには、抜本的な政治・産業の改革が必要とされるが、変化に鈍い日本においてそれが現実的に可能か?

■政府が中心となって人的資本投資を推進していくとして、その投資の具体的な中身を明確にしていくことは困難ではないか?

何が「能力」なのか政府が決定することができるのか?これは社会学で指摘されており、社会に適応できる「能力」を策定すること自体が困難であり、それを「上から」決めて能力開発するということが困難に思える。

このような疑問はあるものの、やはり読む価値は大きい本であった。

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