読書

A.R.ホックシールド『壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』の要約・感想

2021年4月4日

『壁の向こうの住人たち』は、アメリカにおける右派と左派の分断という「壁」を越えて、左派的な思想を持つ著者が、アメリカの主に南部・ルイジアナ州に住む、右派系の思想を持ち右派の政治家を支持する人々にインタビューした本である。

感想

政治的な分断はアメリカだけの問題ではないが、アメリカではそれが過激な事件に繋がることもあり、分断について言えば先進国で最も進んでいる国の一つと言っていいかもしれない。その国で、分断を超えて理解しようとする試みは、非常に面白い。

著者は左派的な思想を持っているのであるが、右派の人々に対して「自分の考えが正しい」という思想を押し付けようとはしない。

右派の人々は、一見矛盾する行動をとっていることが分かる。それは、環境問題・公害の被害を受けながら、企業活動を規制する民主党を支持し規制緩和を訴える共和党を支持しているということである。なぜ彼らが、このような矛盾した思想を持つのか、寄り添うようにして明らかにしていく。

そこで分かったのは、彼らが、教会を中心としたコミュニティと信仰を強く持つこと、規制強化は企業誘致に不利になり、雇用が脅かされると考えていること、白人以外の人々や女性、貧困層といった人々が福祉を求めることで、アメリカンドリームを求めて努力してきた自分たちが得られるはずの富が奪われるように感じていること、といったことだった。

右派の人々は決して著者のことを拒絶したりしないが、「左派は間違っている」という観念を強く持っている。左派は、郊外に住む白人中流の自分たちにとって、不利な政治を進めようとしている、と彼らには映っているのだ。そのため、公害の被害に合いながらも、共和党を支持するという一見矛盾した行動を取るのであった。

企業を訴える人々も登場するものの、やはり基本的には共和党を支持し、排外主義的、保守的思想を強く持っている。そして彼らは、トランプを熱狂的に支持していった。

「小さな政府」を支持し、自由の伝統を大事にするのは、単に新自由主義の影響を受けているといったことではなく、厳しい人生を歩まざるを得なかった南部の人々の人生から生まれた、自立的な思想であると考えられる。しかしそれが、共和党支持に繋がり、自分たちに不利な政策を結果的に支持することになってしまっている。

本書は、左派的な著者が分断を越えて、右派を理解しようとし彼らが持つ「ディープストーリー(その人にとって真実と感じられる物語)」を理解するに至る。しかし、やはりそれは南部で共和党を支持する彼らが間違っていて、著者らは正しいという観念から完全に脱していないようにも感じた。理解しようとはしていても、やはり著者も左派的な政治が正しいということを疑っていないのではないか、と思わないでもない。もちろんそれはこの著作の範囲を超えることかもしれないが、読後にひっかかる点ではあった。

書き抜き

下記は、『壁の向こうの住人たち』からの書き抜きです。太字は私。

「いまは左派でも右派でも、“感情のルール“が働いている。リベラルの人々は、ゲイカップルの結婚は祝福すべきであり、シリア難民の窮状には胸を痛めるべきであり、税金は文句を言わずに喜んで払うべきだと感じている。だが右派の人々はそうした認識から開放されたがっている。左派はそこに偏見を見る。このようなルールは、右派の信念の核にある感情を逆撫する。しかし、2016年の大統領選挙に共和党から出馬した億万長者の起業家、ドナルド・トランプのように自由奔放に行動する候補者なら、このような右派の感情の核に訴えかけることができる。彼はおおぜいの支持者を見つめながらこう言った。「この情熱をみろ」と。」24頁

「(前略)すると最後には、マドンナの心の底からにある思いが見えてきた。彼女は自分がリベラルはの人々から侮辱されているように感じていたのだ。そして、そうした侮辱からリンボーが守って暮れていると思っていた。」35頁

「実際、ティーパーティーの支持者は、三つのルートを通じて、連邦政府ぎらいになるようだ。ひとつ目は、信仰(彼らは政府が教会を縮小したと感じている)、ふたつ目は、税金への嫌悪感(あまりに高すぎ、累進的すぎると思っている)、そして三つ目は、これから見ていくように、名誉を失ったショックだ。」51頁

「右派の人々を動かす関心事は、税金、信仰、名誉の三つであるらしい。」67頁

「あなたは裏切られたと感じている。大統領はあいつらの大統領であって、あなたの大統領ではない。(中略)アメリカンドリームに向かう列の動きが鈍っているいま、白人や男性や、聖書を信じるキリスト教徒を軽視する風潮が強まっているいま、誇りの根拠とし て、アメリカ人であることがかつてないほど重要になっている。」198頁

「オキュパイの活動家たちにとって、“不当“とは、財源が“正当に分配“されず、適正に配分された社会が実現していないという、モラルの問題だ。しかし右派の人々のディープストーリーの中では、税金を“払う者“とそれを“奪う者“という文脈で“不当“が語られる。つまり、左派の怒りの発火点は、社会階層の上部(最富裕層とその他の層とのあいだ)にあるが、右派の場合はもっと下の、中間層と貧困層のあいだにあるわけだ。」213頁

「1960年代から1970年代へ移行すると、社会制度と法律制度に的を絞っていた運動が、個人のアイデンティティに焦点を当てた活動へと変化した。世間の同情を引くには、ネイティブ・アメリカンか女性かゲイでありさえすればよくなったのだ。右派、左派、双方の多くが忍耐力を試された。これらの社会運動は、列に並んでいたあるひとつのグループには目もくれなかった。それは、年配の白人男性だ。とりわけ、地球を救うに役に立たない領域で働いてきた男性は置き去りにされた。こうした人々もマイノリティだったのに。あるいは近い将来そうなるはずだったのに。」300頁

「アメリカンドリームを手にする道徳的資格が変化したことで、全国のティーパーティー支持者は、自国にいながら異邦人になったような立場に追い込まれた。列の前に割り込んでくるーと彼らが感じているー連中に押しのけられ、存在を忘れられて、怯え、怒りをくすぶらせているのだ。宣戦布告のない階級闘争が、これまでとは異なる舞台で異なる役者によって演じられ、これまでとは異なる不公平感を掻き立てた。だから彼らは、このような詐欺師を次から次へと「差し向ける者」ーつまり、連邦政府を非難するに至ったのだ。」309頁

-読書

© 2021 フカメモ