伝統的な産業の危機は、人間の価値観の変化だけによらず当然ながら時代の経済的、社会的変化によっても影響を受ける。
それを強く感じたのが、現代の木刀業界の危機的状況である。
この木刀業界の状況を知ったのは今年(2020年)のことだった。都内で主催している稽古会で新規会員が入会が増えると、そのたびに私はとある武道具店に木刀を発注していた。最初は1セット(大小二刀)ずつだったが、年に数人増える傾向にあったため、数セットずつ発注するようになった。しかし、当初3カ月で納品されていたものが、発注するにしたがって納期が延び、とうとう2020年には10カ月ほどしても納品されなかった。
そこで発注している武道具店に問い合わせたところ、職人が体調不良でいつ製作できるか分からない状況と言われる。そこで、職人が一人(?)体調不良になるだけで生産が止まる状況ってどういうことだろう?と思って調べてみたところ、下記の記事を発見(下記の記事の武道具店に発注していたわけではないです)。
簡単に説明すると、
- そもそも日本の木刀のシェアのほとんどは都城市の木刀製作所であり、今は4つの工房しかない
- そのうち1つがつぶれてしまい、発注が他の3つの工房に集中
- 業界的には、需要に対する職人不足や質の良い木材が減っていることから、従来のように生産を続けることが難しい状況
とのこと。
このような危機的な状況にあることは知らなかったため驚いた。
さらに2020年12月には下記の記事が更新されていた。
現在の木刀業界の状況について、より詳しく説明されている。
職人のみなさんは休日返上で製作にあたっているた間に合わず、納期が延びて行っていること。既製品の製造に集中するため生産量の少ない古流木刀は優先的に生産されていないこと。世界的な武道人口の増加で木刀に使える木材が減り、木刀としてよく使われる木材が減っていることなど。
実は、ここ数年同じメーカーの木刀でも、質が変わっている(木が柔らかく軽くなっている)ことに気づいていたが、そもそも質の良い白樫(シラカシ)はすでに貴重であり、供給に追いついていないという状況があったよう。また、最近は別のメーカーの木刀を買って試す門人もいたが、実際に打ち合うと簡単に凹みができてしまい、やはり同じ白樫でも質が大きく異なることが分かった。
この木刀業界の危機的状況は、職人不足、供給増加、木材不足という構造的な問題であるため簡単には解決されないだろう。これから武道家、特に古流の人間は木刀不足にどう対処していくかが現実的な課題になると思う。
部外者からすれば「代用品を使えばいいじゃないか」と思われるかもしれないが、古流の流派の木刀はそれぞれの流派が歴史の中で、自流の技の性質や思想、鍛練の体系に合わせて作ってきたもので、既製品とは異なるものを使っていることが多い。当流の場合も、既製品では鍛練の質が大きく変わってしまい、斬りの感覚も変わってしまうように思う。木刀の形状、質と剣術鍛練の質は連動しているのである。
当流の場合でも、他のメーカーであるというだけで、わずかに異なる反り、薄さ、身幅の違いによって振った時の感覚が異なるため、やはりこれからも同じ木刀を使い続けたいと思っている。
そのためには、上記の記事にも書かれているように、私たち自身ができること(違う木材を選ぶ、一つ一つの木刀を丁寧に使う等)を行っていくべきだろう。また、木材さえあるなら自分で木刀を作っていくことも必要になるだろう。
私自身伝統を継承する身ではあるが、他の伝統を継承する方たちによって支えられていたことを改めて実感する。自分にできることからはじめよう。
■剣術師範、整体師(身体均整師)、ライター。セルフケア・トレーニングのオンライン教室運営中。
■池袋周辺で施術・トレーニングを行います。【旧:ふかや均整院】
■現代人の脳・感覚の使い方の偏りや身体性の喪失を回復するために【suisui】という独自のプログラムをオンライン教室中心に運営しています。