全日本剣道連盟の居合道の高段者の審査で、不正が行われていたことが明るみに出ました。
http://www.sankei.com/affairs/news/180817/afr1808170007-n1.html
https://news.nifty.com/article/sports/athletic/12213-20180817-50067/
しかも、この不正の慣習は50年ほども続けられていた、つまり全日本剣道連盟の居合道では、組織が作られた当初から不正の慣習があったと言えそうです(全日本剣道連盟での居合道の創設は1956年です)。
このニュースを見て、私はそれほど驚きませんでした。
それは、
- そもそも武道・芸道の世界では、昇進に従う金銭の授与という慣習自体は伝統的にあるため
- 段位は実力だけではなく名誉、貢献度などからも評価されるため
という理由があります。
今回の居合道の不正が悪いのはそこではありません。
居合道の不正を受けて生まれている誤解
今回の不正を受けて、はてぶのブコメやTwitterなどを見ていると、伝統の世界で行われている「昇進に伴う金銭の授与」という慣習自体が批難されているものも多く見受けられます。
中には、
「金を出せば昇進できる世界なんだな」
とか、おそらく伝統的な武道、芸道の経験がそれほどないと思われる人の、
「伝統文化の世界なんてそんなものw」
などの勘違いした主張も見受けられました。
これらを見て、伝統文化の担い手の端くれである自分としては、残念な気持ちになりました。
こうした見方は、伝統的な武道や芸道の世界で行われている、昇進に伴う「金銭の授与」の慣習と、居合道で行われた「金銭の授与」の不正とを、同じ構造の問題だと考えているところに問題があるのではないか、と思います。
さらに、全日本剣道連盟の関係者が、
「正当化するつもりはないが、茶道や華道など芸事の世界ではこうした行いはよくある」
と発言している(引用:上記のニュース記事)ことから、当事者たちも正当化する論理として使おうとしていると思われます。
この不正では「金銭の授与という慣習」そのものの問題と、「居合道の世界でそれが行われたこと」を切り分けなければならないと思います。
家元制度のもとでは金銭の授与は必要なこと
そもそも、武道や日舞、華道、書道などの家元制度の世界では、昇進するに従って金銭の授与が必要であることが一般的です。
それは現代でも残っていますし、江戸時代から続いてきた伝統的な慣習だと思います。
なぜ金銭の授与が行われるのかと言うと、
- 師匠が武道、芸道で食べていくため
- 流派、会の運営費としてお金が必要
- 昇進時に稽古道具などを弟子に与えるため、その対価として
などの理由があります。
つまり、家元制度のもとでの金銭の授与自体は悪いことでもなく、必要なことなのです。
実際、私の流派でも、全部で5つの免状がありますが、それぞれを授与してもらう場合に、一定の金額の金銭を支払う制度になっています。
とは言え、高額な金額ではありませんし、その代わりに巻物を頂きます。
しかも、小さな武術の流派である上に1つ昇進するのに何年もかかるので、昇進する人も数年に一人程度。流派の運営費にちょっとした足しになるのだろうか、という程度なのです。
おそらく、現代の多くの古武道や芸道の世界では、このような実情なのではないかと思います。
金があれば昇進できるわけではない
さらに、ふつうはお金を支払えば昇進できるわけでもありません。
伝統的な武道や芸道の世界でも、当たり前のことですが、実力が認められなければ昇進は認められません。
実力を認めてもらうための方法は流派によって異なり、
- 昇段審査や試験
- 稽古時や普段のふるまい
などで判断されると思います。
そして、実力が認められれば昇進するかを聞かれ、昇進するのであれば、決められた一定の金銭を支払う、ということになっている所が多いと思います。
つまり、お金があれば昇進できるのではなく、昇進が認められた場合に、金銭の支払いが必要になるということです。
もちろん、これはちゃんとした伝統武道や芸道の組織での話ですが。
昇進時の金銭の授与は制度化されている
こうした昇進に伴う金銭の授与という慣習は、剣道や空手、居合道などの組織化したメジャー武道の世界でも、制度として組み込まれているはずです。
私が以前やっていた全日本空手道連盟の昇段審査でも、昇段するたびにお金が必要でした。全日本剣道連盟の居合道でも、昇段時に一定の金銭を支払うはずです。
(ちなみに、段位が上がるにつれて値段が上がり、数万円程度になっていきます。以前いた空手の流派では、段位×1万円だった気がします。)
つまり、全日本剣道連盟の居合でも、昇進時の金銭の授与という慣習は制度化されているのであり、この慣習自体に問題があるのではないのです。
居合道の不正は別の問題
今回明るみに出た居合道の不正は、
- そもそも昇進に伴う金銭の授与の問題ではない(ただの裏金)
- 家元制度ではない財団組織で行われていた
- 流派そのものではなく、特定の審査員に金銭を授与していた
というのがポイントだと思います。
そのため、昇進に伴う金銭授与の慣習そのものや、他の武道までひっくるめて批難するのはお門違いです。
①そもそも昇進に伴う金銭の授与の問題ではない(ただの裏金)
先ほど触れたように、そもそも全日本剣道連盟の居合道の中でも、昇進時に金銭を授与する制度があります。
そのため、伝統的な家元制度にある金銭授与の慣習とは別問題なのです。
制度として存在するのに、それ以外にもらっていた(しかも個人が)という点が大きな問題です。
②家元制度ではない財団組織で行われていた
さらに、全日本剣道連盟は伝統的な家元制度とは異なる、財団法人です。
国から補助金ももらっています。
しかも、財団法人は税制上の優遇を受けているため「国民の信頼」が得られるガバナンスが必要とされています。
さらに、全日本剣道連盟の居合道は、有段者だけでも9万人もの人が所属している全国組織ですので、その点でも審査の公正さが求められるはずです。
100歩譲って、数人、数十人程度の流派で審査時に不正が行われていても、その流派の信頼が揺らぐだけの問題です。
しかし、9万人もの有段者が所属する財団組織でこのような不正が行われているのですから「慣習」で済む問題ではありません。
③流派そのものではなく特定の審査員に金銭を授与していた
さらに、今回の不正では、組織そのものではなく特定の審査員という個人に金銭を授与していたようです。
これは伝統的な武道や芸道で行われている慣習とつながりがあるのでしょうか?
単なる裏金でしかないと思います。
武道の組織はガバナンスを一新できるか
このような問題は、これから他の組織、流派でも見つかる可能性があります。
私たちは、こうしたメジャー武道と古武道はまったく別物だと思っていますが、世間一般からすれば「同じもの」と見なされるでしょう。
あの流派も実力と関係なく昇進できるんだろうと思われ、武道の世界全体の見られ方が変わってしまったら、人ごとではいられません。
武道の組織のガバナンスが一新されて、二度とこのような不正が見つからないことを願います。
■剣術師範、整体師(身体均整師)、ライター。セルフケア・トレーニングのオンライン教室運営中。
■池袋周辺で施術・トレーニングを行います。【旧:ふかや均整院】
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