昔から、日本人離れした身体能力と実績、知的な態度を持った室伏広治が好きでした。
武道、格闘技以外のスポーツにはあまり興味が無いのですが、ストイックに前人未踏の領域を求めていく姿勢は、私にとってとても刺激的でした。
そんな室伏が『ゾーンの入り方』という本を出していたので読んでみたのですが、スポーツマンや武道家はもちろん「もっと集中力を高めたい」「もっと成長したい」と思うすべての人にとって、たくさんの学びがある本だと思いました。
『ゾーンの入り方』から学んだこと、気づいたことをまとめます。
量だけの練習は無駄、質を求めよ
スポーツや武道の世界では「毎日6時間練習する」「毎日500回素振りする」など「量」を大事にする考え方が、まだまだ残っているように思います。
私自身、10代のころは毎日1000回基本稽古をするとか、500回巻ワラを突くとか、そういう練習をずっと続けていました。特に武道の世界は、まだまだ量への信仰が強いように感じます。有名な武道家の本でも、若い頃は毎日1000回突き蹴りをしていたとか、何十人と組手したとか、そういう話がたくさんありますよね。
室伏の本では、このような「量をこなす」という練習に異を唱えています。
室伏が量重視の練習から質重視の練習に考え方を変えたのは、年を取っても若い頃の自分を超えるため。30代以降は、無理をすると怪我のもとになるため、とにかく質を高める工夫をしたそうです。
20代のころは1日に100回もハンマーを投げ、それ以外にもトレーニングをしていたそうですが、年を取ってからは午前中に16本、午後に16本の合計32本しか投げないようにしたそうです。
ただし、その限られた回数でも競技力を向上させるために、トレーニングの目的と目標をとにかく明確にし、無駄なことは一切やらない姿勢で行ったと言います。
そのトレーニングの中でも重視していたのが、特定の筋力を向上させることではなく、全身の感覚を最大限使うようなトレーニングです。
フィジカルを強くするだけでは競技力は向上しない
室伏は「ハマロビクス」という独自のトレーニング方法を開発しています。これは、バーベルの両端にハンマーをぶら下げ、揺らしながらトレーニングをしたり、漁業で使われる投網を使って投げる練習をしたり、というかなり独特なものです。
室伏がこのような独自のトレーニングをするのは、従来のトレーニングでは「体性感覚」が鍛えられないからなのだそう。
一般的な筋力トレーニングは、身体を固定して特定の部位に高い負荷をかけて筋力を向上させます。この方法も筋力をつける上では大事なのですが、こればかりを何十年もやっていると、金属疲労を起こすように怪我の元になったり、動きが「反射運動」になり、身体が持つ感覚が鍛えられないのです。
そこで、反復運動ではなく不規則な運動を全身で行うことで、体性感覚を鍛え、身体の中に眠っている機能を引き出す。このようなトレーニングを工夫し、独自の体系を創り出しているのです。
具体的には、以下のようなアイディアがありました。
- 自然の環境や自然物(岩、木など)を使ったトレーニング
平らなトラックを走るのではなく、自然の中でトレーニングする。ゴツゴツして不均等な自然物を使ってトレーニングする。これらによって、人工物の反復運動では鍛えられない、感覚を鍛えることができる。 - 赤ちゃんの動きから学ぶ
赤ちゃんの動きは、トレーニングを積んだスポーツマンや大人の動きと異なり、無理のない動きなので、そこから学べるものもある。 - 他の競技をやってみる
身体を使うという意味では、特定の競技にこだわる必要はなく、時には他の競技も集中して取り組んでみると、新たな身体の機能を見つけることができる。 - いろいろなトレーニング方法を試す
その競技、分野での常識的なトレーニング方法を毎日続けるだけでなく、常識を疑い、新しいトレーニング方法を自分で試していく。
実際、室伏は赤ちゃんの動きを参考にしたトレーニング方法を作ったり、怪我をした時期に水泳をしたりといろいろな方法を実践しています。
私はスポーツではなく古武道の練習をしていますが、特定の練習方法にこだわらないことや、他の競技からも学ぶということはやることはありません。これは私なりの考えがあってのことですが「守破離」の「破」や「離」の段階に進めば、そういった工夫も有効かもしれないなと思いました。
さらに、トレーニングに限らない話ですが、練習の「目的」と「目標」を区別し、明確にする大事さについても本の中で語っています。
練習の目標と目的を明確にする
練習は漠然と重ねても上達はなく、自分で課題を設定し、それをクリアしていくことが大事です。
これについて、以前別記事では「限界的練習」という概念を紹介しましたが、まさに同じことを言っているのだと思います。
つまり、自分で決めた(もしくはコーチや監督から決められた)練習を漠然と繰り返すのではなく、自分で目標と目的を明確に設定し、さらに目標を小さくステップに分け、その目標を一つ一つクリアしていけるように練習を設計する。
アスリートであれ、会社員であれ、何かを目指すのであれば、限られた時間、エネルギーの中で目標達成しなければならないため、目標を最短距離で達成できるように練習を設計する。
そうすることで、漫然と練習するのではなく、常に課題意識、目的意識を持って練習に取り組むことができ、練習の質が高まるのです。
ちなみに「目的」と「目標」の違いは、
- 目的:「〜のために」という大きな方向性
- 目標:「〜を目指す」というように、目的を達成するプロセス上にあるステップ
という違いがあります。私の考えでは、以下の図のようになります。
目標だけでも、目的だけでもダメだということが分かると思います。何より「〜のために」という目的意識が高いほどモチベーションも高くなり、練習の質も高まり、最終的なパフォーマンスも高くなるのだと思います。
室伏は本の中で、目的と目標の違いを体感した例として、2011年の東日本大震災での体験を紹介していました。
震災後、室伏は被災地の子供達にスポーツ教室をし、その場で思わず「金メダルを取る」と宣言してしまったそうです。そして自ら、子供達を喜ばせるために金メダルを取るのだ、と強い目的意識を持った。つまり、
- 目的→子供達を喜ばせること
- 目標→金メダル
になったのです。そして見事、2011年の世界陸上では金メダルを取得しました。
このように、目標の先に強い目的意識を持つことで高いパフォーマンスを実現できるのだそう。
そのため、スポーツでも仕事でも、目標と目的を明確に区別した上でそれぞれ設定することが大事なのだということですね。
安定したパフォーマンスを出すために
室伏はアスリートとしての長い競技人生の中で、できるだけ安定した結果を出していけるように、様々な工夫をしていたようです。
パフォーマンスを安定させることは、アスリートだけでなくすべての人にとって大事なことだと思いますが、室伏の経験から以下のようなアイディアが紹介されていました。
- 環境に左右されない、人間としてのタフさを持つ
どんなイレギュラーな状況でも、その状況を受け入れて、気負わず、あらがわず、精一杯力を出すことに集中すること。そうすればタフになる。 - 力を出し切る経験をしてみる
緊張する、力の抜き方が分からないという人は、そもそもそれほど全力になれていない。一度全力を出すと力の抜き方も分かるようになる(フィジカル的にもメンタル的にも)。 - 自分を感覚的に理解する
データや数字だけでなく、感覚で自分を理解出来るようになる。体が何を求めているか?何を食べたいか?など感じるようにする。 - 自分を客観視できるようにする
自分の主観だけでは間違った行動をしていることがあるため、コーチなどの他人や、動きをビデオカメラに撮って確認することで、自分を客観視できるようになる。 - やるべきこととやりたいことを一致させる
目的、目標を明確にしやるべきこととやりたいことが一致すれば、自然と熱中してパフォーマンスが向上、安定する。 - 成功で満足しない
一度成功すると満足してしまいがち。成功しても次の目標を持って努力する。 - 出し切ること
日本人は力を溜め込むことは得意だが、力を出し切る勝負強さを持たないため、力を破書きすること、出し切ることも意識して訓練する。 - 楽しむこと
楽しみ、熱中することが一番パフォーマンス向上、安定のために大事。
書いてあることを理解するのは、難しいことではありません。しかし、実際に本当に実践するとなるとなかなか難しいことばかりです。
少しずつ真似をして行きたいですね。
まとめ
アスリートのトレーニング観は、古武道という異なるジャンルにいる自分にとっても、とても学びがあります。
特に、個人競技のアスリートはストイックに自分と向き合う時間が長いからか、独特のトレーニング方法や練習思想を持っていて、示唆に富みます。
練習法など、室伏ほどの競技者だからこそ有効なのだろうと思うものもありましたが、私も室伏のメンタリティーを意識していきたいと思いました。
■剣術師範、整体師(身体均整師)、ライター。セルフケア・トレーニングのオンライン教室運営中。
■池袋周辺で施術・トレーニングを行います。【旧:ふかや均整院】
■現代人の脳・感覚の使い方の偏りや身体性の喪失を回復するために【suisui】という独自のプログラムをオンライン教室中心に運営しています。