『習熟への情熱』という本について、前回の記事で詳しく説明しました。
この本は私にとってインスピレーションに富む本でした。
この本を読みながら、これまでの自分の武道の鍛練や武道論として学んできた様々なことが思い浮かんできたので、整理してみます。
考えたことは、武道・スポーツにおける基礎練習の意義についてです。これは、武道・スポーツに限らずあらゆる技能の学習に役立つ考え方だと思います。
基礎練習の意義は動作の無意識化
結論から言うと、武道・スポーツの基礎練習の意義は、意識的に行っている動作を無意識化していくこと、無意識にできる動作を増やしていくことにあるとということです。
そもそも、人間が同時に意識できる量は限られています。
それは、人間の作業記憶の領域は狭いからだと思います。作業記憶というのは、リアルタイムの作業を行うための脳内の領域のことで、ここでは7つ前後の要素しか同時に覚えておけないと言われています。
たとえば、空手の稽古では、立ち方一つをとってもたくさんのポイントを意識しなければなりません。「前屈立ち」という立ち方なら、
- 全体の足幅
- 左右の足の角度
- 力を入れるポイント
- 重心の高さ
- 膝が内に入らず外に張られているか
- 腰の向き
などが主要なポイントです。初心者は、これだけのポイントを意識して立たなければならないのですが、さらに上半身では「正拳突き」などの別の動作が行われます。
そのため、初心者の場合は「前屈立ち」と「正拳突き」は別々に鍛練しないと、とても同時に意識することはできないのです。
そのため、まずは立ち方を習い、それを無意識にできるようになったら、足を止めた状態で正拳突きを鍛練し、それができるようになったら両方を組み合わせて練習する、、というように稽古します。
このように、基礎練習の本質は意識的にしかできない動作を、無意識にできるようにしていくことにあるのです。
さらに、高度な動きを身につけるためには、複数の動作を統合していく「チャンキング」という概念も大事になってきます。
無意識のカタマリにしていくこと(チャンキング)
「チャンキング」は『超一流になるのは才能か努力か?』や『習得への情熱』という本の中で出てきた概念です。
チャンキングとは特定の処理、動作を統合して、一つの情報のカタマリ(チャンク)にするということなのですが、先ほどの例で言うと、身体の各部位を意識し正しく動かせるようになることを統合し「前屈立ち」や「正拳突き」という一つの処理のまとまりにすることが、一つのチャンキングです。
前述の本によると、ここから複数の動作や戦いの局面についてもチャンキングしていき、より抽象度の高いチャンクを作ることが、世界レベルのプレイヤーになるために必要なことなのだそう。
しかし、こうしたチャンキングを行うには適当に動作を繰り返してもダメで、意識的な動作、判断を徹底的に繰り返し、無意識化できていることが大前提です。
無意識化できることを増やすことで、より高いレベルのチャンキングが可能になり、抽象度の高いチャンキングができる。その結果、無意識で動いても相手に勝てるようになるのだと思います。
武道の達人やトップアスリートの発言を見ると「動けば即に技になる」とか「自分でも分からないうちに動いていた」「気づいたら技を決めていた」などの発言が見られることがありますが、これは武道なら武道的な動きをとことん無意識化し、高いレベルの動きをほとんど無意識にできるようになっているということなのでしょう。
「こう来たらこう返す」と考えているうちは初心者ですが、考えずに動けるようになるためには、やはり初心者のうちにいかにたくさんの基礎鍛練を積んでおくかが大事なのですね。
「技を創る」チャンキングと「技を使う」チャンキング
武道の場合は「技を創る」段階と「技を使う」段階を分けて考えることが大事です。
なぜなら、武道は常に双方向が攻撃権と防御権を持つ構造があるため、技を使う練習(試合形式の乱取りや自由組手など)の中では、意識の大部分が敵への対応に向けられ「技を創る」意識に割くことができないからです。
そのため、まずは基礎練習や型の中で技を創り、それから技を使う練習をすることが大事なのですが「チャンキング」の概念も、それぞれに区別して適用するべきなのだろうと思います。
まず「技を創る」鍛練としては、前述のように意識的に行う動作を無意識化していく作業が必要です。これは、膨大な数の鍛練を積むことで可能になると思います。
これとは別に「技を使う」のチャンキングも必要だと思います。
実際の戦いの中では、攻防のパターンは無限大にあり得ますが、典型的なものを取り出すことは可能なはずです。そこで、無限の攻撃パターンに対して自在に対応して技が出せるようになることも、チャンキングの概念を使って鍛練できると思います。
つまり、典型的な攻防パターンを無意識にできるようにし、それを組み合わせて徐々に複雑な局面でも無意識に技を繰り出せるようにしていく(チャンキング)ということです。
まとめ
チャンキングの概念を紹介したのは、この概念を知っておくと、より良い練習ができるだろうと思ったからです。
技を無意識に繰り出せるようになること、それを無意識に自在に繰り出せるようになること、この2つをチャンキングの概念を使って訓練していけば確実に上達していけると思います。
私自身がこれまでにやってきた稽古は、技を無意識にできるようになることでした。
これからは「技を使う」のチャンキングもできるように工夫していきたいと思っています。
■剣術師範、整体師(身体均整師)、ライター。セルフケア・トレーニングのオンライン教室運営中。
■池袋周辺で施術・トレーニングを行います。【旧:ふかや均整院】
■現代人の脳・感覚の使い方の偏りや身体性の喪失を回復するために【suisui】という独自のプログラムをオンライン教室中心に運営しています。