私はこれまで十数年ほど武道を続けてきて、いかに強い目的意識を持って練習をしていくべきか、ということは身にしみて分かっていたつもりでした。
とは言え、練習の体系はあっても、練習する中で何を意識し続けていかなければならないのか、どうしたら練習の質が上がるのかということについては、漠然と考えていたように思います。
そんな中、最近読んだ『PEAKー超一流になるのは才能か努力か?』という本から「限界的練習」という方法を知り、私の練習はまだまだ改善の余地がある、むしろ伸びしろしかない!ということに気づきました。
質の良い練習とは何か?
そもそも、私はこれまでに、それなりに剣術に上達することができてきた経験から、質の良い練習ができていると考えていました。
私の場合は、常に自分の現在の課題を考えて、それを克服し続けるようにしてきました。
特に毎週先生と稽古していた頃は、その週の稽古で先生に指摘されたことは、すべて次の稽古までに改善していくようにしていました。
課題の発見→修正→フィードバック→新たな課題の発見
というサイクルを繰り返すことで、みるみる上達することができていました。
しかし、最近になって一人稽古や自分が人に指導することがほとんどになり、ここからさらに上のレベルに行くためには、どんな練習をしていくべきか、ということが新たな課題として出現していました。
社会人になると練習に使える時間も限られるため、その限られた時間の中で最大限の上達・成長をするためには、どうしたら良いのか。
そんなことを考える中で見つけたのが「限界的練習」という考え方だったのです。
「一万時間の法則」の間違い
あなたは「一万時間の法則」という本をご存知でしょうか?
『天才!成功する人々の法則』という本で紹介された法則で、一万時間の練習をすれば、たいていの分野で一流になれるという法則のことです。
『PEAK』という本は、この一万時間の法則の元になった研究をした学者が書いたもので、音楽家やチェスのプロプレイヤーなど様々な分野の一流の人を研究し、その能力には、どの程度遺伝的才能がかかわっているのか、どの程度後天的に獲得した能力だと言えるのか、ということを研究し、その結果が書かれたものです。
結論を言えば、この研究者によれば、一万時間の法則というものは実は正しくなく、正確には、ある研究で調査した20歳の音楽家の卵たちの中で、特に優秀な能力を持った人たちの練習時間が1万時間程度だったということで、それ以上のものではないということでした。
そのため、分野によって、一流の人の練習量は一万時間を大きく超えることもあれば、大きく下回ることもあるようです。
天才的能力は練習で獲得できる
では、凡人は一万時間練習しても、何かで一流になれるとは限らないのか?
と思いきや、実はそうでもないそうです。
『PEAK』著者によれば、ほとんどの分野の天才的能力を持つ人たちは、遺伝的特質のために一流になったのではなく、後天的な練習・訓練によってその能力を身につけていたということです。
では、天才的な能力を持つ人たちは、どのような訓練をしていたのか。
その著者の答えが「限界的練習」です。
著者によれば「限界的練習」を何千時間と行うことで、誰もが何らかの分野の一流になれる可能性があるし、そこまでを目指さすとも、これまで考えられてきたよりはるかに短時間で、特定の技能に上達することができるそうです。
「限界的練習」を構成する6つの特徴
「限界的練習」とは、一言で言えば、限られた時間の中で最大限質の高い練習をするための体系です。
限界的練習について理解するためには、漫然と同じことを繰り返す練習方法と対比すると分かりやすいかもしれません。
具体例としては、ベテラン医師と若手の医師の技術力の違いが挙げられています。著者によると、経験が豊富なはずのベテラン医師の方が、若手の医師よりも能力が下がることがあるそうです。
それは、ほとんどの日常業務は、自分の持つ能力の範囲内で解決できるものであるため、日常業務を何十年続けても、実力を向上させることができないからです。
つまり、自分の今のレベルを常に更新し続けられるような練習をしなければ、実力は向上しないどころか、下がってしまうということです。
では、常に実力を上げ続けるためにはどうしたら良いのか。
その方法が「限界的練習」であり、「限界的練習」には以下のような特徴があると言います。
①はっきり定義された具体的目標がある
限界的練習には、はっきり定義された具体的目標があることが、必要条件の一つです。
目標や課題が漠然としている場合は、それを具体的なものにして、現状とのギャップを浮き彫りにし、その解決策を練習に組み込んでいく。
具体的目標があることで、強い意欲を持って目標に向かえる上に、達成できたかどうかが明確にチェックできます。
②練習中は全神経を集中している
研究によると、一流になる人とならない人の違いの一つは、練習中に全神経を集中しているかどうかにあるそうです。
一流にならない人は、練習中に他のことを考えてしまう。
特に、練習が長時間になると集中力が切れて、意識すべき事を意識できなくなる。その結果、練習の質が下がってしまう。
一流になる人は、練習中に常に全神経を集中しており、今の自分がすべきことを確実に把握できているそうです。
とは言え「全神経を集中し続ける」ことが困難なのですが、それができる方法があります(後述)。
③指導者から繰り返しフィードバックをもらう
より速く上達するためには、指導者からの繰り返しのフィードバックが必要不可欠です。
適切な指導者からフィードバックを受けることで、自分の状態を客観視し、どこを改善・修正すべきか、どこを伸ばすべきか把握できるからです。
独学・我流ではそうはいきませんし、指導者の質が低ければ適切なフィードバックを受けることができません。
そのため、できるだけ自分のレベルにあった指導者から、こまめにフィードバックを受けることが必要です。
もし指導者がおらず、自分だけで限界的練習をしなければならないという場合、フィードバックをもらう機会はない、と思ってしまいがちです。
しかし、自分でモニタリングする仕組みを作れれば、フィードバックに代替できる要素を取り入れることができると、著者も言っています。
④常にコンフォートゾーンの一歩外に身を置く
これは限界的練習のコアの考え方です。
今できることを繰り返すのではなく、常に自分の「できないこと」を解決する、できることを、より高いレベルで練習できるように、練習を設計することが大事です。
そうして、常に自分をコンフォートゾーンの外に置くことで、実力を向上し続けられるのです。
⑤体系化された練習方法がある
体系化された練習方法も、限界的練習に必要なことです。
たとえば、音楽や医療、スポーツなどの分野には、体系化された練習方法があります。
しかし、起業家、経営者、弁護士や会計士、教師といったビジネスマンやプロフェッショナルの場合は、その分野で一流を目指す人が行うための、練習方法が体系化されたいないことが多いです。
こうした分野では「これをやれば良い」という練習方法がないため、一流を目指す人は、何からやれば良いのか手探りになります。そのため、上達は直線的ではなく、ジグザクに進むことになるでしょう。
このような分野では、限界的練習を行うことが難しいです。
とは言え、著者はこうした分野でも工夫次第で限界的練習が可能だと言っています。
⑥有効な心的イメージが形成できる
限界的練習に特徴的なのが「心的イメージの形成」です。
心的イメージとは、天才的能力を持つ人が頭の中に持っている、その分野の技能に関するイメージのことです。
言語や知識ではなくイメージを形成することで、大量の情報量を脳が処理することができ、その分だけ短い時間で正確な決断ができたり、常人では考えられないような精密さで、身体がコントロールできたりするのだそうです。
著者は、この「心的イメージの形成」が、天才的能力を持つ人と、そうでない人を明確に線引きする特徴だと言います。
そのため、特定の技能を最大限伸ばすためには、まずはその分野の先駆者にインタビューし、その技能を発揮している時にどのようなイメージを持っているのか、練習中、頭の中はどうなっているのか、できるだけ正確に言葉にして話してもらい、それを元に、その技能に必要な心的イメージはどのようなものか、特定することが必要です。
心的イメージを特定した上で、そのイメージを獲得するために必要な練習を設計する。それを日々のメニューに組み込み、心的イメージの形成をサポートする。
そのような方法が、限界的練習には必要なのだそうです。
⑦知識ではなく技能の向上ができる
現在、多くの分野で行われている練習では、ゴールは「何をどれだけ覚えたか」に置かれています。
例えば、数学の教育はどれだけの数式を覚えたか、覚えた数式の活用方法をどれだけ覚えたか、といったことにゴールが置かれ「何ができるようになったか」という技能面は、ゴールに置かれていません。
様々な分野で同じことが言えるそうで、たとえばベテランの医師は、自分の能力の向上のために研修や講義、学会に多く出るそうですが、それは技能の上達には繋がっていない。
スポーツ選手でも、グループ練習が中心で、練習方法やトレーニング理論といった「知識」を教えられることが多く「何ができるか」をゴールに置いた練習設計がなされていない。
このようなことが多いそうです。
しかし、上達のためには「技能を向上させること」にフォーカスした訓練が必要不可欠です。
そのため「限界的練習」の考え方としては、知識よりも技能がどれだけ上達したかを中心にした練習設計が必要だと考えます。
「限界的練習」を実際に取り入れるためには
さて、実際に何らかの技能を伸ばしたい人は、自分の練習の中、業務の中に「限界的練習」を取り入れていく必要があります。
『PEAK』には、そのための方法についても詳しく解説されていますが、つまりは、先ほど紹介した7つの特徴をうまく工夫して取り入れれば、特別な環境やプロのコーチ・指導者がいなくても、限界的練習を実践していけるということです。
とは言え、限界的練習を自分で取り入れることを考えた場合、最も障害になるのが、自分の努力をどれだけ継続できるか、ということではないでしょうか。
コーチ、指導者がおらず自分だけで努力する場合、何千時間(もしくは1万時間以上)もの練習を、自分だけで行うのは困難です。しかも、限界的練習をするのであれば、ただ漫然と練習するのではなく、高い集中力を維持して行わなければならない。
これは、一人で何らかの努力をしたことがある人ならば、難しさがよく分かると思います。
もし私が取り入れるとしたら、何らかの目標を持って努力する人たちのグループを作って励まし合い、報告し合う(ベンジャミン・フランクリンも、啓蒙会というグループを作ってこの方法を実践したそうです)、もしくは、専門とは違っても良いので、定期的にコーチに相談する(実際、私はすでにこれを取り入れています)などの方法でしょうか。
また、自分をうまくモニタリングし、モチベーションを維持できる目標管理の方法についても、取り入れることが必要だと思いました。
現代なら、SNSやブログで発信して、Webで繋がった人と励まし合ったり、応援してもらったりすることで、努力し続けることもできるかもしれません。
私は、質の高い限界的練習を続けるという点についても、工夫次第では、一人でも可能だと思いました。
現代人にとっての「限界的練習」の必要性
さて、私が『PEAK』を読みながら考えたことは「限界的練習」は現代人にとって非常に役に立つ方法なのではないか、ということです。
何らかの道を究めようとする人だけではありません。
むしろ、現代では多くの人が、人生の中で何度か転職しなければならなくなると言われています(『LIFESHIFT』でも言われていました)。
テクノロジードリブンで時代が激変する一方で、寿命が延び、健康に生活できる期間が長くなったことで、職業人生も長くなります。私達の世代なら75歳くらいまでは普通に働きそうです。
そのため、私達は一つの専門性を突き詰めようと思っても、時代の変化でその専門性自体が消えてしまう可能性すらあります。
そのため、より短期間で新しい専門性を身につけなければならなくなるのです。
「限界的練習」は、短期間で質の高い練習を積むことで、最大限成長できる考え方です。
私達は「限界的練習」を、生活や業務の中に取り入れることで、激変する時代の中でも余裕を持って働き、生きていくことができるのではないでしょうか。