練習・トレーニング

『習得への情熱』から学ぶ超一流の勝負の世界で勝つための生き方

『習熟への情熱』から学ぶ一流の学習法

チェスのトッププレイヤーから中国武術の達人になった「ジョッシュ・ウェイツキン」という人物がいます。チェスでは少年時代の神童っぷりから『ボビーフィッシャーを探して』というハリウッド映画の題材になったほどの腕前でありながら、中国武術(太極拳)でも世界チャンピオンになったというすごい人物です。

さらに太極拳を極めた後は、ブラジリアン柔術も極めたそうです。

そのジョッシュ・ウェイツキンが、チェスと太極拳という二つの異なる分野で、超一流の技能を身につけた独自の方法について語ったのが『習得への情熱 チェスから武術へ―上達するための、僕の意識的学習法』です。

この本の中では、著者のジョッシュ・ウェイツキンがチェスと太極拳でトップに至るためにやった学習法や、一流の敵を倒すためのパフォーマンスのマネジメント法について語られています。

語られていることはチェス、太極拳の話ではありますが、その学習法、パフォーマンスマネジメントの方法はあらゆる分野で応用できることです。

今年読んだ中でもとびきり面白い本だったので、この本から学んだことを書きます。

やる気を継続して出す方法

著者であるジョッシュ・ウェイツキンは、チェスと太極拳というまったく異なる分野での上達の道や戦い方の中に共通性を見出し、彼なりの思想を語っています。

まず、どんな分野でもトップクラスに入るためには強いやる気を持ち続ける必要があります。しかし、実際には強いやる気を持ち続けることは困難です。

著者は、成功者とそれ以外の人について、以下のような違いを指摘しています。

成功する一握りの人々は、ぐらつくことなく行くべき道を進んでいるが、そうでない人々の多くは脇道に逸れては頓挫してばかりだ。

そんなやる気について、ジョッシュ・ウェイツキンは「増大理論者」になることが大事だと語ります。

「ぐらつくことなく行くべき道を進」むためには、何らかの結果についての捉え方の違いである「実体理論」と「増大理論」を理解することが必要です。

  • 実体理論・・・能力を固定的に考えること。自分はこれが得意だ、これが得意ではないなど、生まれた特質で能力が決まっているかのような考え方。
  • 増大理論・・・能力は努力次第で増えると考えること。頑張ったからうまくいった、頑張りが少なかったから上手くいかなかったなど、努力によって結果が変わるという考え方。

このような理論は、発達心理学の分野で使われるものです。

研究によると、増大理論を持っている人の方が物事に諦めずに取り組むため熟達するそうです。増大理論者は失敗しても、それを成長のチャンスと捉えてさらに努力しようとするからです。

一方で実体理論者は、うまくいくとそれが自分の才能である、自分の能力であると固定的に捉え、それ以降は成功した自己イメージを保ち続けようとします。その結果身動きが取れなくなり、成長を阻害します。

より具体的に言うと、大げさにほめられ続けた緒子供は、勝てる相手としか戦わなくなるそうです。

実体理論と増大理論には、結果を重視するかプロセスを重視するかという違いがありそうです。

しかし、プロセスを重視すること=増大理論というわけではありません。

プロセスこそが何よりも大切だという考えを持ったことがきっかけで、全身全霊を賭けて本番に挑もうとしない態度が芽生えてしまったり、または、結果や成績をまるで気にしていないと振る舞うようになってしまったりする。

上記のように、プロセスが大事、結果はどうでも良いという考えに至るのもそれはそれで正しくないのです。これでは勝負に自分自身をさらしていないため、勝負を戦い抜くタフさが身につかないし、勝負のプロセスから学びを得ることもできせん。

そのため、結果とプロセスのどちらも重視するバランスをとったアプローチで努力していくことが大事なのです。

また、やる気を保つためには、日々の学びを楽しむことも大事だと語ります。

これは結果だけではなくプロセスを重視するという考えにも繋がるのだと思いますが、著者は以下のように語っています。

レイティング・ポイントばかりを気にして、いつも次の試合結果によって自分の全米ランキングがどう変動するか計算していた。そういう目前の実利を重んじる気質のプレーヤーは、僕が得意とする混沌とした嵐のような局面を前にすると不安に襲われてしまう。

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負の投資と負ける覚悟

著者は増大理論者として技術を磨いていくためには「負の投資」という概念も重要だと説きます。

負の投資とは、上のレベルの技術を身につけるためには一定の期間負け続けることを受け入れ、無理に勝とうとしないことです。

無理に勝とうとすると正しく上達できないからです。

負の投資について、著者は明確に概念化していませんが、これは柔道の創始者である嘉納治五郎が言った「負ける覚悟」と同じものではないかと思いました。

「負ける覚悟」について簡単に説明します。

たとえば、新しい技を身につけた時、それがまだ定着していない段階で試合形式の稽古をすると、技が正しく使えないのが普通です。そこで2つのアプローチが考えられるのですが、それは、

  1. 勝つために、強引にでも技を使う
  2. 勝敗より技を正しく使うことを重視する

というものです。

ここで短期的には①のアプローチをする人が勝てるのですが、長期的な上達を考えると、一時的に負ける状況を受け入れて正しく技を使う努力をした人の方が、上達していくのです。

これが嘉納治五郎が言った負ける覚悟ですが、著者が使う「負の投資」も同じ概念のようです。

もちろん、プロならパフォーマンスを下げて許される期間などなかなか作りづらいのですが、長期的な上達のためには、許容できる範囲で負の投資をする期間を作るべきなのです。

ここまで主に技術面のことについて論じてきましたが、トップ同士の争いになると、技術的に極めていることだけでなく、その極めた技術をどんな状況でも十分に発揮できるような心理面の鍛練も大事です。

そこで、著者は心理面の鍛練やパフォーマンスについても詳しく語っています。

高いパフォーマンスを出すための3つの条件

一流同士が戦う極限の状況で、高いパフォーマンスを出すためには、以下の3つのことだ大事なのだそうです。

  1. 外界の出来事に左右されずに冷静に考え続けられること
  2. 悪い状況もアドバンテージとして活用できるようになること
  3. 自分で自分に刺激を与えて集中状態に入ること

この3つの理論は、この本の中で繰り返し登場します。

それぞれ説明します。

外界の出来事に左右されずに冷静に考え続けられること

著者はチェスプレイヤーとして、どんな状況でも周りの出来事に左右されないように考え続けられることが求められたそうです。

たとえば、対戦相手が「机の下で足を蹴ってくる」「駒でコツコツと音を立ててペースを乱してくる」などのラフプレーをかましてきたり、試合中に地震が起きて冷静でいられないような状況になる、などの心が乱される状況になることがよくあったそうです。

また、自分自身の頭の中で最近聞いた曲が流れ続けていて、それが集中状態を乱す障害になることもあったそう。

しかし、このように障害があっても、それに心が揺れていては結果が出せません。

世間には不愉快な奴なんていくらでもいる。そういう人々と冷静な頭で渡り合えるようにならなければならないのだ。

そこで著者は、騒音の中でも冷静に思考できるように訓練し、実際に状況に左右されず冷静に考えられるようになったそうです。

子供時代には、部屋で大音量で音楽を流しながらチェスに集中する、という訓練をしたのだとか。こうした訓練は、あらゆる競技や仕事においても同じように大事な事だと思いますし、訓練によって鍛えられるものだと思います。

悪い状況もアドバンテージとして活用できるようになること

著者は、どんなに悪い状況もアドバンテージとして活用できるようになることが大事だと言います。

実際、著者は太極拳の試合で骨折し片手が使えない状態になったとき、片手にギプスをつけた状態で練習を続けたそうです。

この練習を続けることで片手でも相手の動きを制御できるようになり、ギプスが取れた直後の試合では、より高度に使えるようになった片腕と、解放されたもう一方の手が使い、非常に有利に戦うことができたのです。

つまり、片腕が使えないという状況もアドバンテージとして活用したのでした。

(ちなみに、私が20代前半まで習っていた空手の先生も、まったく同じエピソードを持っていました。武道の世界ではあるあるなのかもしれません。)

また、自分の中に起こる感情の波についても、アドバンテージとして活用することができます。

試合中、ラフプレーをされると強い怒りが湧いてきますし、逆に緊張度の高い状況ではナイーブになってしまうこともあります。そんな時、多くの人は以下の2つのどちらかの対応をします。

  • 感情にフタをし感じないようにする
  • 感情をコントロールしようと考えず、あふれ出るままにする

しかし、上記2つの方法は一流同士の戦いでは通用しません。

一流同士の戦いで勝つためには、自分の激情やネガティブな感情をアドバンテージとして使い、さらに自分のパフォーマンスを向上させるために使うことが必要なのです。

感情を拒絶したり、本当の性格を押し殺したりすると、そこに不正直さが混じってしまう。つまり自分自身の直感の声から乖離したパフォーマーになってしまうのだ。

実際、一流のアスリートは、試合中に起こる様々な状況で怒りの感情をエネルギー源にし、さらに高いパフォーマンスを引き出していくのだそう。

非常に高度な手法のように思えますが、このような感情のコントロールができれば無敵ですね。

このような能力を磨くためには、普段から自分の感情が揺り動かされる状態を観察し、どうしたらエネルギーとして活用できるのか工夫し続けることが大事なのだそうです。

自分で自分に刺激を与えて集中状態に入ること

さらにその先にあるのが、自分で自分に刺激を与えて集中状態に入るというテクニックです。

感情を利用できるようになったら、その感情が湧き出す状況を自分で引き起こせるように訓練するのです。例としてNBAのマイケルジョーダンのプレーが紹介されています。

ジョーダンは、試合中に相手チームの選手を罵ることがあったそうです。

これは罵ることで相手を心理的に追い込むためではありません。

相手に言い返させて、その相手の言い返しを自分の怒りのエネルギーにして、さらにパフォーマンスを向上させるために使っていたのです。

これが、自分で自分に刺激を与える手法の一例です。

ここまでくると本当に一流同士の試合における駆け引きでしかないことのように思いますが、自分の分野での使い方を工夫するのも面白そうですね。

さらに、より具体的な心理的側面の鍛え方として、これから紹介するような方法も書かれていました。

極限の状況で戦うための心の鍛練

著者は、極限の状況で戦うためには、普段からの工夫した心の鍛練が大事だと説きます。具体的には、以下のようなことです。

  • ミスにこだわらないこと
  • 子供のような柔軟な意識を持ち続けること
  • バランスを保った鍛練をすること
  • 逆境をアドバンテージにする

順番に解説します。

ミスにこだわらないこと

ミスにこだわらないことはとても大事なことです。

著者はもともとアグレッシブな性格で、ミスを犯したら強く感情が揺れ、しかもそれを外面に出してしまっていたそうです。しかし、感情を出せば心理戦であるチェスでは試合運びに悪影響が出てしまいます。

そのため、ミスを犯してしまったらすぐにフラットに戻ることが大事だと考えるようになりました。

ミスを犯したところでミスを犯す以前のよかった状態に心を止めてしまうと、そこから心と状況の乖離が幾重にも重なってゆく。時間だけが進み、心はその場に止まってしまう。

たとえば、それまで自分に有利に試合を運べていたのに、一つのミスが原因で優位な立場を失ってしまったという場合、客観的に見れば、敵と対等な立場に戻っただけなのに、優位性を失ったことにこだわってしまうと、相手よりも不利になったように感じてしまいます。

そんな心理状態になれば、それが相手に伝わり、利用され、本当に不利な立場に追い込まれてしまいます。

こうした自分の心の癖を見付け、分析し、コントロールできるようになることが大事なのです。そのためには、ミスをしても「良かったとき」の状態に心を留めず、フラットになることが大事なのです。

こうした心理面の技術は、自分の心を観察することで高めることができると言います。数多く分析することで自分の心の傾向、癖を見付け、その分野のこと(著者の場合はチェス)を通じて、より深く自己理解していくことが大事なのです。

子供のような柔軟な意識を持ち続けること

より高いレベルにレベルアップしていく上で大事なことは、自分の生まれ持った気質を持ち続けることだと言います。

大人になっても、遊び心に満ち、危険を意に介さない子どもの心理状態を持てるような、そんな弾力性のある意識を育むことが、ハイレベルな学習の大切な要素だ。

新しい技術を身につけ、新しい経験を積んでいくと、レベルアップはできても自分の心の声が聞こえなくなっていくことがあります。

著者の場合、チェスのコーチから戦い方を学ぶ中で、過去の一流のプレイヤーの技術を真似することを強いられた時に、自分の気質に合った戦い方を失ってしまいそうに感じたのだそう。

もちろん、自分をレベルアップさせるためには新しい技術を身につけていかなければならないのですが、その中で自分の気質、生まれ持った良さ、特性まで捨ててしまわないようすることが大事なのです。

そのため、技術を高めていくことはもちろんのこと、それと同時に直感、無意識、心の声も大事にして育てていくことだ必要です。このトレーニング法については、後で詳しく解説します。

バランスを保った鍛練をすること

高みを目指す上で、自分を追い込んでいくことは大事です。しかし、追い込み過ぎると自分をダメにしてしまいます。

また、上達のためには自分より強い相手と戦うことが大事ですが、それだけでは自分の心が折れてしまうため、自信を失わない程度に勝てる相手と戦うことも大事です。

考えについても、新たな考えは捨てなければならないこともありますが、過去の自分を捨てると自分の才能を一緒に捨ててしまうこともあります。

このように、上達する上では「あれかこれか」で判断して行動すると、大きなものを失う可能性があるのです。そのため「あれかこれか」で何か1つを選択していくのではなく、どっちも大事にしてバランスを保ちながら鍛練していくことが大事、というのが著者の考えです。

これは私も感じていることで「これをやれば上達できる」という手法に頼ると自分の感覚、心の声を置き去りにしてしまうことがあるのです。

正しい鍛練法を実践し続けるのと同時に、自分の心の声はなんと言っているのかを意識し続けることが大事だということが、この本を読んで再認識できました。

逆境をアドバンテージにする

著者が言うには、優秀な選手になるために必要なことと、一番になるために必要なことは違うそうです。その中でも大きなものが、逆境をアドバンテージにすることです。

先ほども紹介した、怪我をしても練習をして、より自分の動きを高めていくという方法も「逆境をアドバンテージにする」方法です。逆境は自分の学習プロセスに新しい視点をもたらすものとして、活用していくことが大事なのです。

頂点を目指すのであれば、他の人なら回避するようなリスクも背負い、その瞬間にしか学べないことを最大限に利用して、逆境をアドバンテージに変えなければならない。

また、逆に普段行っているルーティンの扱い方も、一番になるためには気をつけなければなりません。

何年も同じ領域で鍛練を重ねていると、ルーティンに振り回されて創造性が失われてしまうことがあるそうです。ルーティンにこだわると心が「今」から離れてしまうからです。

そこで、創造性を刺激するためにも、逆境をアドバンテージにする考えを身につけて、さらに逆境がなくてもアドバンテージを作れるように工夫することが大事なのです。

たとえば、怪我をしていなくても片手を縛って練習する、などの創造的な方法を使って、トレーニングを工夫するということです。

これも工夫次第ではいろんなことに活用できそうです。

武道の場合は「上段受けしか使わない」「上段の構えからしか攻撃しない」などの縛りを作った稽古が考えられますし、たとえば文章を書く仕事なら「〇〇という表現は使わない」などの縛りを作ることで、自分の創造性を刺激できます。

著者はこうした様々な心理面のトレーニングも、普段の練習や日常生活に取り入れていたため、2つの分野でトップを取ることができたのでしょうね。

不快さの閾値を上げること

一流同士の戦いでは、技術的な面の競い合いだけでなく、緻密な駆け引きを使う心理戦にもなります。

選手の中には技術面ばかりを重視し心理戦を軽視する人も多いですが、チェスや太極拳では心理戦を工夫しない人は、弱いそうです。

心理戦を戦うために大事なことは、一つは心理戦のテクニックを磨くことです。これは、工夫次第でできることです。

しかし、著者がより重視しているのは、カオスな状況、緊張感の高い状況の「不快さ」に耐えられるようになることです。著者は不快さの閾値を上げる、という表現をしていました。

では、どうしたら不快さに耐えられるようになるのか。

それは、練習中も試合中も「今」にとことん心を留めるように訓練することなのだそうです。

特に試合中は、それまでの試合経過やこれからの試合の予測をするものですし、それ自体は悪いことではなく必要なことです。しかし「こうなったらどうしよう」「あそこでミスをしなければ」など、過去や未来に感情が移ると「今」から心が離れてしまいます。

このように「今」から心が離れた状態では、相手の心理戦に揺らがされてしまうんだそうです。そのため「今」にとことん心を留める必要がある。

「今」に心を留める訓練については、後ほど詳しく解説します。

さらに、著者は「無意識」「直感」についても、その大事さを説明しています。

直感・無意識を磨く方法

一流の世界で勝負に勝つためには、膨大な知識を持っていることや高い論理的思考能力、戦略的思考能力を持っているだけでは足りない、直感・無意識も使わなければならないと著者は言います。

実際、チェスや太極拳の試合中には、自分でもどうやって考え出したのか分からないような「ひらめき」によって勝機を見出したことが何度もあったそうです。

では、どうしたら直感・無意識を磨くことができるのか。

結論から言えば、直感的な判断や無意識の思考、行動を磨くためには、膨大な練習をこなす中で「チャンキングしていくこと」が大事だというのが著者の考えです。

直感的判断、無意識の思考、行動について、著者は「チャンキング」という概念を使って説明します。

チャンキングというのは、たとえばチェスや太極拳における特定の攻防のパターンや勝つための定石のようなものを、一つの情報のまとまり(チャンク)として統合したものです。

たとえば、実際に戦う中では一瞬で判断して動かなければなりませんが、いちいち「こうきたらこう動く」と考えていては、動きが間に合いません。

そこで、同じ動作を徹底的に繰り返して訓練することで、その動作を無意識にできるようになっておき、特定の場面になったら自動的にその動作が出るように訓練します。これはつまり、複数の動作や判断を一つのまとまり(チャンク)としてまとめている=チャンキングしているということなのです。

さらに、一流のプレイヤーはこうしたチャンク同士をさらにチャンキングし、より抽象的な概念として把握していきます。

より抽象的なレベルにチャンキングしていると、複雑な局面でも直感的に判断し、即最適な行動をとることができると言います。

つまり、初心者のように具体的な動きや戦術レベルではいちいち考えなくても、チャンキングした抽象的思考で判断、行動していけるようになっているのです。

このチャンキングの繰り返しによって身につけた情報処理能力が、直感や無意識の行動なのだと著者は言います。

したがって、直感、無意識を磨くためには膨大な基礎練習をする中で様々な動作、戦い方をパターンとして無意識にできるようにしていく(チャンキングする)ことが必要なのです。

こうした直感、無意識を磨くと、意識的な思考をより細かいディティールに振り分けることができるため、そのディティールへの集中力が高まった状態がいわゆる「ゾーン」でもあるのだそうです。

自分をコントロールしてパフォーマンスを高める方法

自分の能力を限界まで出さなければならないような戦いでは、

  • 短時間でリカバリーできるようにする
  • ゾーンに入るトリガーを作っておく

ということで、より高いパフォーマンスを出せるようになると著者は言います。

短時間でリカバリーできるようにする

試合中は、短時間で体力、精神力を回復できなければなりません。

そのためのトレーニング法に「ストレス・アンド・リカバリー」があります。これは、ギリギリまで動いて、一定の時間休むことを1つのセットにし、それを何度も繰り返すというものです。

たとえば、5分間走り、1分休み、また5分走り、、ということを繰り返す。こうしたトレーニングをすることで心身の回復スピードを高めることができます。

これは、スポーツの世界ではすでに取り入れられている手法ですね。

しかし、スポーツ以外の領域ではそこまで意識的に取り入れられていないように思います。「ストレス・アンド・リカバリー」は、仕事にも取り入れられます。50分集中し、10分はしっかり休む。これを繰り返して仕事中も集中力が途切れないようにし、かつ回復力も高めていくということは訓練できそうです。

このトレーニングを繰り返すことで、集中した活動とリラックスの間を自由に行き来できるようになります。

ゾーンに入るトリガーを作っておく

『習熟への情熱』の中では「ゾーン」について何度も出てきます。

ゾーンに入るためには厳しい訓練が必要ですが、ゾーンとまでは言わなくても、緊張しない高い集中状態に入ることは、訓練次第でできるようになるそうです。

これについて、著者は具体的な方法を紹介しています。

まず、試合やプレゼンなどの緊張する状況で自分のパフォーマンスをピークに持っていくためには、リラックスして普通に生活する姿勢が大事なのだと言います。

残念なことに、多くの人々が精神をフル活用することなく日々を送りながら、本当の人生が始まる瞬間を待つような生き方をしている。

重要なのは、競技でも生活でも「クライマックス」に焦点を当てないことです。

また、重要な場面で緊張しないためには、いわゆる「ルーティン」を作っておくことも大事です。

ただし、ルーティンは特別なものである必要はありません。自分が普段の生活の中で心の平穏を感じるような活動を、そのままルーティンとして使えば良いのです。

著者は、あるビジネスマンの例を使っています。

このビジネスマンは、一番心の平穏を感じる活動が「息子とのキャッチボール」だったそうです。

そこで、まずは息子とキャッチボールをする前に「軽食」「ストレッチ」「瞑想」などの、普段からやっているリラックスできる活動を組み合わせて行うように指導しました。

息子とキャッチボールする前に必ずこのルーティンを入れて、繰り返すように指導したのです。

次に、緊張するプレゼンをする日の朝に、キャチボール以外のルーティンを繰り返すように言いました。すると、キャッチボールがなくても心が平穏になるようになっているため、プレゼンも緊張せずにできるようになっていたそうです。

さらに、最終的にはこのルーティンを短時間でできるように凝縮していきました。

こうしたルーティンは工夫次第で誰でも身につけられそうなので、私も作ってみたいと思います。

まとめ

『習得への情熱 チェスから武術へ―上達するための、僕の意識的学習法』は、著者のジョッシュ・ウェイツキンが自らの経験から導き出した、学習方法のアイディアに満ちています。

この本が面白いのは、ジョッシュ・ウェイツキンがとことん自分の頭や身体の働きを徹底的に自己観察し、そこから経験則を導き出しているだけが書かれているからだと思います。

借り物の言葉ではないから、著者の息遣いが伝わってくるのです。

そして、面白いだけでなく、何らかの分野を追求しようとしている人には、必ず役に立つアイディアがたくさん入っています。アイディアは直接役立たせることもできると思いますが、インスピレーションを得て自分なりの考えに発展させることもできるでしょう。

チェス、太極拳(そしてブラジリアン柔術)を極めた著者は、一つの物事を追求すること=熟達そのものに熱中しているようで、そんな姿勢は私もとても共感するし、そうありたいと改めて思いました。

私もレベルやジャンルは違えど、このような姿勢で生きていきたいです。

最後に、著者の文章の中でも特に響いた言葉を引用します。

結局のところ、何かを極めるということは、自分の心に最も響く情報を発見したら、それが消えてなくなるまで自分の中に深く完全に取り込み、自由に飛べるようになるということなのだから。

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